第3章 6-2 野望を実現させるための姫
三人が着席すると、すぐさまルァンが茶を、エルシュヴィが菓子を用意した。下女ではなくスティッキィと同格……いや格上の姫たちが自ら手を動かすことは、表では考えられない。カルンもさせない。あくまでここはカルンの私室だから、スティッキィ達は客でルァンとエルシュヴィはカルンのお付きなのであった。
そして、そのしなやかで竜めいた全く隙のない身のこなしを観て、スティッキィはやはり二人は只者ではないと看破する。剣術のみでまともにやりあったら勝てないだろう。それどころか、例えば茶を入れているいま、ここで襲いかかっても一瞬で撃退されるだろう。
「さ、どうぞ」
菓子はアトギリス地方の名物である小麦粉で練った生地で巾着や宝珠、結び飾りの形を形成しサクッと椰子の実の油で揚げ、粉砂糖や糖蜜をかけたものだ。茶は、アトギリス=ハーンウルムではハーンウルム地方で栽培を行い、ほとんど発酵させない緑茶や白茶を産している。
「もちろん、毒はないから」
カルンが笑顔で云い、すすめる。
「入っているとは思ってもおりませんわ」
スティッキィは何の躊躇も無く作法通りに紙をとってそれを手にし、右手で折って口にした。美味しい。
カルンが笑顔となり、菓子や茶を手にした。ライバとカンナも口にしたが、ルァンとエルシュヴィは座ったまま微動だにしない。本来であれば立って後ろに控える身分なのだ。
「とんだ事案だったわね。……人死にが出るとは、ちょっと考えられない。よっぽど聖地が焦っていると思って差し支えない……そうは思わない?」
「思います」
「そちらのバスクス殿……」
カルンがカンナをチラリと見やる。その黒々と光る瞳にカンナはドキッとして、菓子を喉へつまらせた。
「バスクス殿を無事に聖地へお連れし、大望と宿命を果たさせるのが其方とそちら……」
カルンが顎でライバを指す。ライバもどぎまぎしてしまった。若く、快活で忌憚がなく町娘みたいな話し方をしてあっけらかんとした印象だが、やはり眼力や所作に独特の迫力がある。
「……の役目のはず。聴き及んでいるかもしれないけど、帝家と聖地には我がアトギリス=ハーンウルムも遺恨があること。ここはひとつ、協力しあわない?」
驚いて、スティッキィたちが顔を見合わせる。向こうから振ってくるとは。
「ど……どのような内容ですか?」
カルンがにっこりと笑った。
「そう答えるってことは、内容如何で協力できるってことね。よかった。ガラネル様とひと悶着あったようだから……断られてもおかしくなかったから」
「それはそれ、これはこれということで。カルン様、私からもお願いが」
「どうしよう。どっちから先に云う?」
「それは、カルン様からでけっこうです」
「じゃあね、もうぜんっぶ、ぶっちゃけるから。その代わり、これ聴いた後に裏切りは許されないわよ?」
「それは保証できかねます」
スティッキィが厳しい顔できっぱりと云った。ルァンとエルシュヴィは色めいたが、カルンはよけいに笑顔となった。
「そうでなくちゃ、バスクス殿の近衛は務まらないわね。さすが、スティッキィ。闇の星の天限儀遣い」
「おそれいります」
全てお見通しだ。スティッキィが両袖を合わせて礼をする。そして、カルンもスッ、と表情を引き締めた。
「我がアトギリス=ハーンウルムは先々代の皇帝陛下の御代ころより、既にこのディスケル=スタル帝国へ見切りをつけ、次の帝国を興さんと欲しておる。そのために、我はここにおる。皇太子殿下にあっては、その御真意は御計りかねるが、少なくとも表向きは同じことを御考えのご様子……ただ、戦乱だけは避けるようにとの御言葉を賜っておる。しかし最大の難敵は聖地……たとえディスケル=スタルが亡び、アトギリス=ハーンウルムが帝国を引き継いだとて、聖地の意を汲まぬ我がアトギリス=ハーンウルムを聖地は認めぬ。聖地が認めぬ皇帝に、神威は付与されぬ。ならば……」
「いっそ聖地を滅ぼす、と」
「明察」
カルンがにんまりと悪そうな笑顔を作る。




