第3章 5-5 遺言
部屋が手早く清掃され、寝台にベウリーが寝かされる。ベウリーは一命をとりとめた。危急を聴いた皇太子妃より正式に典医が派遣され、事情聴取のため後宮を含めた内宮を取り仕切る内府より役人が来た。警護官が増やされ、特別に男性の兵士が後宮の全ての出入り口を固める。ライバを含めカンナとスティッキィも移動を禁止され、事情聴取を受けた。ライバはベウリーの下女の部屋へ寝かされ、警護官とこちらも典医がついた。ライバにはベウリーが用意しようとしていた薬と同じものが処方された。
「明日には意識が戻るでしょう」
と、典医が云ったのでスティッキィとカンナもほっと息をついた。
それより、分からないことだらけのこの事情である。襲撃者は何者で何の狙いがあったのか? そして、
「ベウリー様のご容体は?」
と、役人や警護女官へ尋ねても、とうぜん答えなはい。
しかし、夜が更け、深夜近くに、
「ベウリー様がお呼びです」
というので、カンナとスティッキィがベウリーの部屋へ通された。内府取調官と警護女官の付き添いの元、うつ伏せに寝かされて息も絶え絶えのベウリーが二人を呼んでいた。
「御二人が参りました」
泣き声で、グルジュワンから来ているベウリー付の女官が二人を通す。
太い鉄の投げ矢のような武器には毒が塗布してあり、ベウリーの背中は濃い紫色に腫れ上がって、ベウリーは高熱でうなされていた。幾つもの燈明が煌々と照らされ、医師が傷口を洗って縫い合わせ、血は止まったのだが、どんな解毒薬もあまり効かないのだという。
その中で、なんとかベウリーが意識を取り戻し、二人を……正確にはカンナを呼んだのである。
「……おゆ……おゆるし……を……バスクス……様……」
カンナを認めたベウリーが、涙を流しながらか細い声を出す。カンナが寝台の前で床に膝をつき、顔を近づけた。
「……せ……聖地の……意をくん……だ……ホレ……サンの……命で……バスクス様を……亡きも……の……に……おなか……まの……ライバ殿……を巻きこ……み……茶へ……毒……を……し……かし……菓子へ……先に……ホレイサン……が……」
カンナがスティッキィや取調官を振り返る。取調官は一言も漏らすまいと筆で速記していた。話を促すよう、うなずく。
「わ、わたしは無事です!」
「バスク……様を……亡きも……のにす……ひき……かえに……デリナ様……をたすけ……ると……云われ……やむ……なく……」
「大丈夫、大丈夫です、デリナもきっと助けます……助けてみせますから!」
「ホレイサン……ホレイサン=スタル……へ……お気をつけ……を……」
またカンナがスティッキィを見る。スティッキィの顔が怒りで引きつっている。
「……おたのみ……おたのみも……うし……バス……クス……様……デリナ様……を……おた……おたの……」
ベウリーの首が、がっくりと落ちた。荒く息をし、もう眼も見えないような状態だ。典医が首を振り、二人は下がった。
下女の控室で、二人は黙してその時を待った。
二刻ほど経って、夜が明けてきた。
薄墨を垂らしたような暁闇のなか、ベウリーの部屋から下女たちの悲鳴めいた泣き声が響いてきた。
ダン! スティッキィが拳で卓を叩いた。わなわなと震えて唇をかみしめている。
カンナは、歯を食いしばって、大きく息を吸った。
ベウリーの口から正式にホレイサン=スタルの名が出たことで、さすがに内府が動いた。すなわち、ホレイサン=スタル出身の後宮姫であるアイナと、第三警護隊長のカヤカの捕縛命令が出たのである。
しかし、その日のうちに二人の部屋へ兵士が踏みこんだ時には、既にもぬけの殻だった。
驚いたのは、あれだけ探して分からなかったアイナの部屋が、スティッキィの部屋のすぐ側だったのだ。例の、一人寂しく後宮で暮らしており、同郷の警護女官がときたま訪れていた……あの部屋だった。あのあと確認のためにスティッキィが直接訪ねたが、あの部屋の姫はアイナという名ではなかった。近くの部屋の姫へも確かめた。それが偽名だったうえに、近くの部屋の姫たちへ金銭を渡していたのか何か弱みをつかんで脅していたのか、口裏を合わせていたという徹底ぶりだった。
「あっぶな……とんでもない連中ね、ホレイサン=スタルってえのは……」




