第3章 4-2 バグルスであるもの
きりっと締まった口元と眼力に圧倒されつつ、三人が席へつく。本来であればスティッキィだけがこの部屋へ入り、カンナとライバは外で待たなくてはならない。が、本来の決まり事などどうでもよかった。
下女が用意した茶器より手ずから茶を淹れ、トゥアン=ルゥが三人へ……いや、カンナへ向き直る。
「カンナ様、アーリー様より伝達の密命を得ております。もし、カンナ様が無事にここまで来られたならば……伝えるようにと」
スティッキィとライバは緊張したが、カンナはポカンとしていた。
「アーリーからって……いつ!?」
「およそ、ひと月半ほど前です」
「いつごろだろ……」
カンナがスティッキィを見た。
「……ラズィンバーグにちょうど着いたころじゃない?」
「そんなころに、アーリーはもう、この人に手紙を送ってたってこと?」
「そう……なんじゃないのお?」
カンナは考えこんでしまった。アーリーはいつからどこまで思惑を巡らせており、密かに手を打っていたのか。もしかして……最初からなのではないか。最初から、アーリーは自分を駒として使っていたのではないか。
カンナは恐ろしくなって、アーリーを信じられなくなりつつあって、身震いした。
そんな……そんなはずはないと思ったが、アーリーの手の内が先を行き過ぎている。最初からそう仕組んでいたとしか思えなくなってきた。
そんな感情を知ってか知らずか、トァン=ルゥは話を続けた。
「アーリー様の願いは、カンチュルクの願いでもあり、ひいては皇帝陛下の代々の願いでもあります……。カンナ様はその願いを受け止めなくてはなりません。なぜなら……カンナ様はそのために生まれたのですから」
その言葉に、スティッキィとライバが顔を曇らせる。そんなもの……カンナが望んであの神にも匹敵する力を得ているわけではないのに……。
しかし、カンナはすました顔で、
「わかってます。わたしアタマ悪いから、難しいことはわかんないですけど、何をすればいいのかはわかってます。それをやらないと、わたしはガリアを……わたしの黒い剣を持ってる意味がないんです。生きる意味がないのは、いやです」
たまらずスティッキィが両手で顔をおおった。涙が出る。そんな理不尽なことがあるのだろうか。
「カンナ様は……」
そこでトァン=ルィもぐっと言葉を飲みこんだが、すぐに毅然として、
「カンナ様は、聖地で神代の蓋を永遠に封じる役を担っております。それが宿命なのです。使命なのです。そうすれば、この世は真に竜の支配から脱し、人の治める世界となる……。しかし、聖地はその役目を失い、その価値は失われる……。最大限の抵抗を示すでしょう。ダールとて、もはや役目を失い、生まれなくなるやもしれません。ですが、アーリー様はそれでよいとお考えです。他の主だったダールも、ダールという存在の役目は終わっていると考えている……それを許さないのは、七人の聖地の審神者たちのみです」
「サニワ?」
「神代の一部の竜神と直接会話をし、神の言葉を人の世へ伝える者たちです。かつては、世界に聖地が二か所あり、東西で竜神が審神者を通じて人を支配していましたが、およそ千五百年とも二千年とも云われれる昔に、ウガマールの審神者たちは滅ぼされました。千年遅れて、いま、東の聖地を滅ぼし、完全に世界は人の手のものになるのです。そうしなくては、人はいつまでも竜の支配のままなのです」
カンナは眉を少しひそめる。何を云っているのか、よくわからない。
「あのね……」
カンナが質問をしたそうな顔となったので、トァン=ルゥはうなずいてうながした。
「アーリーはどうして、自分でやらないのかな。その……わたしなんかに、という意味だけど。わたしなんかを、わざわざ作って……というか……」
「神代の蓋を開け閉めするのは、本来であれば黄竜と碧竜のダールでなくばできないことと聞き及んでおります。しかし、このたび行わなくてはならないのは、二度と神代の蓋が開かぬよう、永遠に封じること。それをすることができるものは、ダールでも、人でも、バグルスでもなく……ダールであり、人であり……」
トァン=ルゥは一瞬、言葉につまったが、
「バグルスである者でなくては行えぬのです」
はっきりとそう云った。そしてその言葉に、ライバとスティッキィがぎょっとなった。そう。カンナの肉体は、バグルスと融合させられている。




