第3章 6-1 復活
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カンナは、眼を開けた。
自分が空を見上げていて、視界にアートの後ろ姿があるのが、ややしばらく理解できなかった。起き上がって、アートを見る。
「アート?」
アートが振り返った。
「よお、目が覚めたか? まず水を飲めよ」
「……ありがと」
水筒を受け取り、一口飲んだ。冷たい沢の水だった。
「いま、コーヒーも淹れてやるからな。何か食べるか?」
「いらない……」
カンナは眼鏡の位置を直し、記憶を呼び戻しつつ、周囲を観察した。やや開けた森の一角だというのは分かった。しかし、大きな竜の死骸が横たわっているのでギョッと硬直した。
「ア、アート、あれは!? それに、アーリー達はいなかった!?」
「竜の退治屋が竜の死体でいちいち驚くなよ」
アートが、真鍮のカップへ淹れたてのコーヒーを差し出した。カンナは受け取って静かに口にする。コーヒーの香りは、ウガマール人の心を満たす。
少し時間をかけて熱いうちを飲み、ぬるくなってよりは一気に飲み干して、カンナは立ち上がった。少し、ふらつく。
「おい、病み上がりだぞ。まだ休んでおけ。そして、サラティスに戻るんだ」
カンナは眼を丸くした。
「冗談でしょ?」
「冗談じゃない。あんたはよく戦った。ダール相手に、生きていただけで充分だよ」
「だからって……アーリーやマレッティはまだ戦ってるんでしょ?」
「戦っている」
「じゃ、わたしも……」
「落ち着け、座れよ! あんたじゃ、アーリー達の足をひっぱる」
カンナはむっとした。
「フレイラみたいなことを云うのね。アートがそんなことを云うなんて……」
「違う。云い方が悪かったのなら謝る。デリナの目的に気づいてほしい。あの女大将は、じっくり攻めてくる。今回の攻撃で、一気にサラティスを陥落させる気なんか、毛頭無いんだ。バスクが減れば儲け物というところだ。じゃあ、なにしに来たかって? 考えろよ」
「わかんない」
「考えてないだろ! いいか……よく聴けよ。今回のサラティス総攻撃の目的は、バスクの数を減らし……カルマの壊滅とあんたの殺害だ。それが目的だ。カルマさえいなくなれば、サラティスなんざ、昼寝しながらでも陥落できる」
カンナは小首をかしげ。
「……よくわかんない。カルマはいいとして……どうして、わたしがそんな目に?」
アートが視線をはずす。
「そりゃあ、あんたの可能性が高いからだよ。バスクスだっていう噂だ……」
「わたしはバスクスなんかじゃない! 可能性なんか関係ないでしょ!」
「関係ないわけがないだろう!」
「アートは可能性が小さくても、わたしより強いじゃない」
「いや、まあ……そうかもしれないけどよ……」
「帰らない。戦う。カルマとして。可能性が関係ないって云ったのはウソ。関係ある、きっと……わたしにしかできないことがあると思う。わたしだってカルマだわ」
「おい、なんだよ、急に真面目になって……何か変わったか?」
「変わってない! あたしは戦う! 竜は全部……竜は全部倒す!! 倒すの!! ぜんぶ倒してやるんだから!!」
アートが顔をしかめた。やはり、何か妙な固定観念が植えつけられているのではないか?
「いいか、カンナ……あんたは、いまが一番弱いんだ。いまですら。これから、俺なんざ比較にならないくらい強くなるだろう。そのために、いったん引け。ここは、引くんだ」
「ゼッタイ!! イヤッ!!」
カンナは眼をむいてそう叫び、走り出した。アートがあわてて後を追う。
「おおい、まて、待てまて!」
カンナは無視して、森を進んだ。高台を下り、沢を超えて、木々の合間を縫って獣道を行く。アートはしかし、カンナを止めなかった。
「分かった、分かった、つきあうよ! 逆にこっちからケリをつけてやろうぜ! その代わり、俺から離れるなよ!」
カンナは笑って跳び上がり、アートにだきついた。




