第3章 1-2 帝都の神山
「余は……余の家は、高祖父のころより竜眞人を待っておる。わがディスケル皇帝家は、ごくたま、彼の地へ隠れた彼の者と連絡を取っておる。わが帝国は、黄昏も黄昏よ。後は、どう始末をつけるかだ。戦乱だけは望まぬと、高祖父である第七代ディスケル=カウラン九世陛下より代々の望み。余もかくありたいと願っておる。そのためには……」
皇太子が一瞬、言葉を失った。覚悟を決めているかのようだった。ぎゅっとこぶしを握り、奥歯をかんだのち、口を開いた。
「竜眞人に、聖地へ行ってもらわねばならぬ」
それだけか。一瞬緊張したのだが拍子抜けし、ライバとスティッキィが息をつく。
「すみません、我々も聖地というところには行きたいのです。行かなくてはならない。でも、行ってどうすれば良いのか……正直、わかりません」
「それも聴いておらぬのか」
やれやれと、皇太子が額に手を当てた。
「あやつめ……」
ちょっと困ったように顔をしかめていたが、
「ま、よい。この国では、暦がとても大事でな。約束の時はひと月後。来月の九日よ。これは動かせぬ」
ライバが肩をすくめた。
「わかりました。具体的には、約一か月間、我々はどこでどうしていれば?」
「ついてまいれ」
皇太子が神殿を出て、細く曲がりくねった道を歩く。三人は仕方も無く、ついて歩いた。すぐに、急な下り坂から石造りの階段となる。
木々から視界が開けると、かなり狭く切り立った頂上の一角だったのが分かる。
「……!」
三人は目を見張って息をのんだ。眼下一面に街並みが広がっている。山は街のほぼ中心にあり、巨大な都は真四角に整然と区画されていた。その規模はサラティスの二十倍……いや、三十倍はあろうかというほどだ。
その都の中心にあるこの山も、岩山や森林の合間にびっしりと建物が連なっている。巨大な山城兼宮城なのだ。
石階段が曲がりくねって細く続き、四人は少しづつ山を下りた。
そして、立体的な宮城の一角に直接、道は続く。神山の頂上神殿は、宮城の奥の奥からしか行けない。彼らはいま、そこを逆に山頂から戻っている。
庵のようになっている建物から続いて大きな棟へ入ると、最初の部屋に宦官や侍従、女官が何人も待っていて、皇太子を出迎える。
その中に、若く美しく、さらに皇太子に匹敵する装束と黒髪を豪勢に飾る金銀宝石の髪飾りも可憐豪勢な、年のころは十代後半の少女がいた。さすがの気品と近寄りがたさ、煌びやかさにカンナたちもぎょっとして硬直した。かなりの高位に違いない。
「殿下、お疲れさまでした」
少女が両手を合わせて目の上まで掲げ、礼をする。とたん、配下の者が一斉に同じ仕草をした。
「ああ」
「で、そちらの方々が……」
上品で可憐ながら、刃物より鋭い眼でカンナたちを見やる。これまで見たことも味わったこともないその鋭さと独特の迫力と圧力に、さしものガリア遣いたちもちょっと度肝を抜かれ、たじろいだ。ただのお姫様ではない。
「ああ。後は頼む」
笑顔でそう云うや、皇太子はサッと部屋の奥へ行ってしまった。
少女が前に出て、しみじみと三人を見つめた。意外と背が高い。スティッキィと同じほどだった。つまり、ライバやカンナより高い。三人とも凍りついていたので棒立ちだったが、
「控えおろう!!」
二十代半ばほどの高位のお付きらしき女性が怒声を発したので、あわててそれぞれ知っている最高の礼をする。すなわちマレッティはストゥーリア商人の躾で、カンナはウガマール奥院宮の秘神官の礼を、そしてライバはただ何度もペコペコと頭を下げるだけだった。
「ふむ……」
少女がじっくりを三人を値踏みする。そして周囲を睥睨し、
「そのほうら、この者たちは殿下の客人であることをゆめゆめ忘るるでない。ただし、それはここにいる者たちだけの秘密じゃ。破った者には死を与える。よろしいな」
その場にいた二十人ほどのお付きの全員が両手を合わせ、深くこうべを垂れた。
「さて……ここではなんだから、こちらへ。今後のことを、うちあわせましょうぞ」
芝居めいた優雅な動きで少女がいざない、三人は奥へ通された。




