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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第7部「帝都の伝達者」
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第2章 4-3 神代の代理

 (うてな)の上に戻ってきたのは、確かにリネットだった。しかし、顔つきも目つきもリネットのそれではない。別人だ。明らかに中身が入れ代わっている。


 リネットが完全に水から上がって一息つき、短い髪をかき上げて顔を手でこすり、水を落とすと臺の穴が閉じられ、再び木の床となった。


 ガラネルが前に出る。

 リネットがギロリと鋭い眼でガラネルをにらんだ。

 「……私が再び地上で息をしているということは、そなたは紫竜か」


 リネットの声だが、ディスケル=スタルの共通言語、北ディシナウ語だ。リネットが知るはずも無い言語を完璧に話している。


 「いかにも」

 ガラネルも北ディシナウ語で応えた。

 「秘儀を……秘儀を使ったか」

 「そのとおりよ」

 「……と、いうことは、この肉体はダールか」

 「青竜よ」

 「ほう……よくもまあ、青竜を捕らえたものよ」

 素直に感心する。


 「それに、私ほどのものを復活させるには、よほどの贄を使っただろう。誰だ」

 「わが娘を」

 「なに……!」

 リネットが……いや、リネットの中の人物が驚きと喜びに目を剥いた。


 「……そこまでの覚悟、承知した。よかろう。何用あって私を再びこの世で息をさせた。話をきいてやる」


 「その前に、名前をおしえてくださいな。本当にそうなのか……名乗ってちょうだい」


 不敵な笑みに口元をゆがめ、リネットの姿をしたものが名乗る。

 「私は黄竜のダール、『神代の代理』ヒチリ=キリア」

 ガラネルが満面の笑みをうかべる。


 「お望みのとおりだったようだな、紫竜。ところで、今はなんの何年だ? と、いうより、ディスケル皇帝は何代だ? まだ続いているのならば、だが」


 「いまは、死に損ないの九代が」

 「なるほど……ハーンウルムめ、ついに帝国を割るか?」

 「いまは、アトギリス=ハーンウルムなのよ」

 ヒチリ=キリアの顔が大まじめに驚愕した。

 「……まさか、合邦したのか。あの犬猿の仲の両国が」

 ガラネルが苦笑する。


 「ま、そんなずぶぬれじゃなんだから、こちらへ。お風呂にでも入って身体を温めて、これからの話を」


 ガラネルがいざなうと、神官や楽師たちが桟橋の上で道をあける。


 「話……な。私が造ったに等しい帝国を滅ぼす算段か? 当代の黄竜は何をしている?」


 「いろいろとあってね。それに、滅ぼすのは帝国じゃないわ」

 「なんだと?」

 「聖地よ」

 さすがに、先代黄竜の顔が、固まった。

 二人を、月光が包んだ。



 第三章



 1


 レストとストラが深い水底へ沈んだ夜のその月は、ディスケル=スタルの帝都ヅェイリンにおいても、神山ひとつをまるごと宮城(きゅうじょう)とした独特の造りであるディスケル皇帝の皇宮へ燦々(さんさん)と月光をふり注いでいた。


 城の最上部、すなわち神山の頂上は古代のそれを復元した石造りの神殿となっており、最高位神官、皇帝とその直系男子以外は固く立ち入りを禁じられている。いま、月光ふり注ぐその屋根の無い神殿の一間に、黄色地に黒と赤、白、碧、紫そして金糸銀糸で七匹の竜が刺繍された直系皇族のみが着る長袖の装束に身を包んだ若者が立っていた。月光は大理石の神殿を明るく照らして、特に磨かれて鏡のようになっている床はまるで水面かというほどに光っていた。


 その床が、突如として本物の水面めいてゆらゆらと揺れだした。

 そして、光が溢れ出て、床の中から次々に三人の人間が飛び出てくる。


 三人は宙へ放り出され、光の中で順に床の上へ落ちた。そのときには、もう水面だった大理石は石に戻っていた。腰や尻を打ちつけた三人の女が、呻き声を発する。


 若者が、歓喜の声を発した。

 「ははは、本当に来た! 本当だ、本当に来おった!」

 「イタ……」


 メガネがずれて床へ顔をつけて這いつくばっていたカンナが、なんとか身体を起こす。そして、残る二人はスティッキィとマラカだ。

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