第3章 5-1 楯
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完全に夜が明け、じりじりと上がった気温と共に竜の啼き声が遠くから聴こえてきたため、マレッティがその場を離れ、偵察に出た。少し歩くと、森が開けてこの高台から平原が見渡せる。サラティスまではおよそ十ルット(約二十キロほど)か。天気は良く、雲が無かったため遠眼鏡に城壁がよく見えた。どうやって籠城戦をしているものか。上空からは大鴉竜と軽騎竜が火を吹いて都市を襲っているのが見えたが、バスクたちも対空戦に特化したガリア遣いを集め、必至に応戦しているのだろう。竜たちはあまり高度を下げず、いまいち攻めきれていない。
また正門の前にコーヴの決死隊がいるようで、大猪竜や大背鰭竜を激しく撃退しているように見えた。
「はあん……なかなかやるじゃなあい」
遠眼鏡を離し、マレッティは素直に感心した。が、どうも釈然としない。
「……大規模攻城戦にしては、なんか手ぬるいなあ……目的は別にあるのかも? いや……バグルスが投入されたらそこでおしまいか」
マレッティはアーリーのところへ戻り、そのまま報告をした。
「そうだな。デリナの慎重な攻め口からすると、いまは様子見だろう。バスク達の残存戦力を確かめ、バグルスと大王火竜を午後か明日にでも投入するはずだ。猪や大王へ戦力を集めておいて、裏からバグルスを入れたならば、防衛側はひとたまりもないだろう」
「なんてったって、バスクの戦力不足よねえ。アーリー、夕べは、バグルスをどれくらい倒したの?」
「五体ほどだな……」
「さっすがねえ。あたしも一匹、いや、二匹かな……やっつけたわよお。でも、全部で二十くらい、いるんでしょう?」
「もっといる可能性はある」
「どうするの? そいつらが都市に侵入したら……一日……いや、半日もかからないでサラティスは陥落よお」
「この戦いは、竜と人の戦いの歴史の上で、重要な位置づけになる。ガリア遣いは常に個として戦ってきた。人の心は、いくら集まっていても、結局は個だからな。心から生じるガリアは、個でしかない。また竜も、個として人を襲っている。これは、初めて集と集で竜と人が戦うものだ」
「むずかしいことは分からないわよお! カンナちゃんはいつ復活するの?」
アーリーとマレッティが炎の下で眠るカンナを見た。
「火の高さが半分になった。つまり……あと半分だ」
「昼前にはなんとかってところ? それまで敵がバグルスを温存してくれればいいけどお。……ねえ、アーリー、あたしがカンナちゃんを見張って、起きたらすぐ加勢するから、先にアーリーだけ攻め込んだら?」
「いや」
アーリーは即座に却下した。
「この戦力をさらに分断するのは得策ではない」
「たしかに……」
側面攻撃なら、アーリーとマレッティの二人で一気に攻めたほうが効果的だろう。
「じゃ、昼まで待機ってことでいいのねえ? それまで、敵のダールがバグルスを出さないことを祈りながら」
「いや……」
「どっちなのよお!?」
「楯が来る。カンナを護る楯が」
マレッティが苛ついて目元へしわを寄せた。何を云っているのか、まるで理解できない。
「楯が来るまで待て。来たら、楯にカンナをまかせ、即座に我々は出撃する」
マレッティは答えなかった。やおら、ガリアを出すと、光がほとばしる。光輪がアーリーを襲った!
アーリーは何も驚かず、首をかしげて光輪をかわした。アーリーの紅い髪が少し切れて舞う。しかし、光輪が狙ったのは、アーリーの頭の後ろを飛んだ、小さな鳥のような生き物だった。音もなく真っ二つになって地面へ落ちる。
野太い羽音がまだあった。アーリーも右手を振り回し、その手から炎が吹き出た。スズメほどのと大きさの竜が火に巻かれ、これも地面へ落ちる。
マレッティが厚い野外ブーツの底でそれを踏みにじった。
残りは急激に羽音が森の奥へ遠ざかった。
「見つかったわよ、アーリー」
マレッティが冷たく云い放った。
「バグルスがこっちに来るんじゃない?」
「来たならば、撃退するだけだ。バグルスの数が減る。望むところだ」
「そうかもしれないけどお……」
マレッティはため息をつき、話に倦んでまた物見へでかけた。途中に見つけておいた沢で喉を潤す。日が照ってきた。
崖から平原を覗くと、戦況はあまり変わっていなかった。もどかしさに苛つきが止まらない。爪をかじりすぎて皮がむけ、血が出た。
しかし、昼を少し前に、アーリーが呼びに来た。
「……どうしたの?」
「楯が来た」
戻ったマレッティが見たのは、珍しい男バスクだった。アートだ!
「やあ、よろしく。ここがなかなか分からなくて、遅くなっちまった」
あまり切迫感のない声で、アートは笑顔をふりまいた。
「あんたは! たしか……」
「モクスルのアートだ。あの後、カンナの調子はどうだい? いまは寝てるようだが」
マレッティは無視した。




