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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第7部「帝都の伝達者」
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第1章 3-4 ホレイサン=スタルの学者

 「それが、学者先生が云うには、ガラン=ク=スタルに狙われているのだと」

 「なにゆえに?」


 「知らない。だけど、人質じゃないか? ガラン=ク=スタルも学者先生をホレイサン=スタルへの土産にしたいんだろう」


 パオン=ミが沈思する。ますますただの学者ではない。そんな、ただの学者が国家同士の人質交渉に使われるほどの重要人物なのだろうか?


 「貴族か……もしや皇族か……ホレイサン=スタルの皇族は、代々学者だというからの」


 「そうかもな。でな、いまガリア遣いが不足している。ホレイサン=スタルまで送ってやるから……学者先生を護るのを手伝ってくれ。それが条件だ」


 「向こうも、ガリア遣いを差し向けてくるというわけか……」

 承諾せざるをえまい。


 ゲルンが喜んで手をたたき、謝意を現した。出発は、明日の朝だという。みなが出て行ってしまってから、三人でぼそぼそとサラティス語で打ち合わせをした。


 「面倒にもほどがあるわよお」

 マレッティ、渋面(じゅうめん)を隠そうともせぬ。


 「ガラン=ク=スタルは、その学者を奪えなかったら殺してしまう可能性もありますぞ。ガラン=ク=スタルという国、いまはディスケル=スタルに従っているのですか?」


 「いちおうな。しかし、我が帝国はもう黄昏時だ……見限って聖地へつくのだろう。だがホレイサン=スタルに下にはつきたくないという腹なのではないか。田舎者は、役に立たぬ謎の矜持だけは高いからの」


 「厄介な国ねえ。人間関係でもそういうのがいるから、面倒ごとは減らないのよお」


 結論として三人の総意は、あまり乗り気ではない、ということだった。しかし、やらなくてはならない。先ほどパオン=ミも少し触れていたが、ホレイサン=スタルという国は聖地を守護して長く、ディスケル=スタルを含む竜王朝文化圏では特異な地位にある。俗に云う「別格」というやつで、ディスケル=スタル皇帝の……いや、ディスケル=スタル以前からの歴代竜王朝の支配を一切うけない。それは、聖地がその権威と権利を守護国に与えているからで、矜持と云うならばホレイサン=スタルのその有史以来の聖地守護者のプライドたるや、鼻持ちならないというレベルを超えて異常であった。絶対中立を国是とし、特にここ数十年続いている現政権はほぼ鎖国状態で、交易もディスケル=スタルの限られた一部の藩国としかしない。必然、四四諸藩聯合(よんよんしょはんれんごう)の中でも、ホレイサン=スタルとつながりのある二つの小藩は、窓口としてこれも帝国内で特別な地位にあった。


 そんな国であるから国境の警備も尋常ではなく、まして関所を堂々と通ろうとしようものなら、三人とも捕まって問答無用で斬首されてもおかしくない。そんなわけだから、ホレイサン=スタルの中にある聖地へまともな手段で忍びこむなど不可能なのだ。国境の曖昧な極北から特別なルートで紛れこむ。そのためには、フローテルの案内が必要であった。


 「でも、そんな人質がいるんなら、確かに使わない手はないわよねえ」

 「味方に引き入れれば、なお有利になるやもしれませんぞ」

 「味方にのう……」


 と、パオン=ミがごく自然な動作で、指を口元へあて、目配せした。二人とも、すぐに理解する。小屋が見張られ、聞き耳を立てられているのだ。いかにも通りすがりのように、窓の向こうからドゥイカが消える。なんだと云っても、三人とも監視されている。もしかしたら、このサラティス語もドゥイカには分かっているのやもしれない。


 「しかし、我らにはフローテルを陥れようなどという腹は無いのだから、どう思われようがかまわんがな」


 「そお? パオン=ミはそうかもしれないけど、あたしは、痛くもない腹を探られるのはごめんよお」


 「そうですぞ、パオン=ミ殿……我らが、その学者を横からかっさらう腹と思われては迷惑にして面倒。ここは、しばし余計な腹案は無しで、無事にその学者とやらをホレイサン=スタルへ送るのを優先しましょう」


 「それがよさそうだの」


 三人は、作戦会議はそれでやめにして、あとはめいめい出発の準備を整え、心身を休めることに徹した。


 翌日は、雨だった。

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