エピローグ1 竜真人
アーリーは苦笑した。よく分かっているではないか、とでも云いたげに。
「アーリー……いや、アリナヴィェールチィ!! カンナに続いて、レラまでも自らの道具とするか!?」
アーリーの苦笑が消える。そして、やおら鬼みたいに厳しい表情となり、その竜めいた、殺気に満ち満ちた眼光をアートへむけた。
「そのとおりだ」
アートが、奥歯が砕けんばかりに歯ぎしりした。
鳥が飛んでいる。
静寂が、解かれていた。
∽§∽
その後……ウガマールにあっては、アートを大密神官筆頭兼枢密司教としてムルンベが神官長を務めた。しかし、南部バスマ=リウバ王国と合邦したとは記録に残されていない。
カンナの物語は、まだ少し続く。
アーリーは、ずいぶんと久しぶりにバスクス製造研究所の地下にて自ら石棺の中に封じられたという碧竜のダール・マイカを尋ねた。尋ねたといっても、その巨大な割石の監獄の前に佇むだけだ。およそ、三十年ぶりに立った。漆黒の密室の中で、オレンジ色の不思議な光と液体に包まれ、このダールはもう百二十年ほどもこうしている。それは、おそらくはるかディスケル=スタルと聖地ピ=パの黄竜のダールであるショウ=マイラの行動と関係している。しかし、詳細は分からない。
(何を考えている……マイカ……)
アーリーは心の中で問うた。しかし、答えは無い。
岩の隙間からは、ゆったりと液体に黒鉄色の髪を揺らすマイカを覗くことができる。ガラスでもなんでもなく、液体が特殊な力場によって張力を保たれている。触れば、液体へ触れることができる。
だがこの岩自体は、どうやっても破壊できない。恐るべき力場が岩石と液体を固定している。マイカの、重力を操る力だ。
従って、レラのほうがマイカのガリアを直に受け継いでいるはずだった。カンナの力は、どこに由来しているのかよく分からない。
超重力を操る神の鍵のガリアを持ち、そのガリアをしかし、その本来の目的のために遣うことはできない。神鍵を遣い、神代の蓋を自在に開けることができるのは黄竜のダールだけなのだ……。
およそ二百五十年前に、黄竜のダールは当時のディスケル=スタル皇帝の勅命を受け、自ら姿を消した。その後、約五十年ほどの後、旅の果てにマイカはここへ自らを封じた。
聖地ピ=パで数百年も前に行われようとしていた秘儀とは、いったいなんなのか。それを止めようとして、黄竜と碧竜は竜を裏切った。その裏切りは、未だに続いている。
アーリーは、秘儀を利用して、逆に、完全に竜を神代へ追い落とす計画をずっと実行していた。
そのために、バスクスと呼ばれる存在を作り上げた。古代の竜真人の名を冠するガリアムス・バグルスクスを。ガリアムス・バグルスクスとは、いまはほとんど失われている古代竜世界創世神話に由来するもので、黄竜と碧竜のダールが合わさって生じる「何者か」の仮の古い呼称だ。神話にあるそれは、真にただ一人で神代を往き来し、竜神を倒し、また竜神を救う神でも人でも竜でも無い存在だった。その竜真人を人工的に作り上げるという神をも恐れぬ大それた計画をここまで遂行できたこと自体、奇跡と云ってよかった。
(私は……後の世になんと呼ばれるだろうか……神すら弄んだ大悪人か……竜真人を作り上げた奇跡の者か……それとも……)
カツ、カツと杖の音がし、アーリーは暗がりで眼をぬぐった。
「一人で感傷とはらしくないな、ええ!?」
「アート……」
闇に、ぼんやりと火の気を映して赤く光るアーリーの眼を、アートが睨む。
「レラは大丈夫そうか?」
「かなりやられている。……時間がかかるぞ」
「そうか……」
二人は並んでマイカの石棺を見上げた。
「おそるべきは、カンナの力か……」
アーリーが目を細め、感慨深く云い放った。




