第3章 5-5 バルビィ
その音叉が、何かに共鳴し、何とも心地よい音を出す。
北方で、ホルポスの暴走を止めた、あの力だ!
これは、ガリアの効果そのものを弱めるのではない。ガリアの源である、遣い手の心を鎮静化させる。ガリアの制御が遣い手の元へ戻り、結果としてガリアの力が抑えられる。
カンナは決死の表情で、右手を前にして、半身に槍のようにその音叉を構えた。ボォン、ボォンと安らかにしてどこか懐古的に素朴な完全五度の和音が、重低音やうなり狂う轟音、さらにはそれらが重力に捕まって耳障りな超高音に変化する歪んだ音を飛び越えて、直接精神に響いてくる。魂の音だった。
それを聴いていると、不思議と恐怖や不安が安らいで来る。考えてみれば、これも恐ろしい力だ。
気絶しているレラの荒御霊が鎮まってきたのか、少し重力の塊の威力が弱まって、漆黒の球も小さくなった。
だが、それへ抗ったのが球の奥の眼玉だ。とてつもない咆哮が次元を超えて周囲を圧し、カンナを含めてその場にいる全員を震撼せしめた。
さらに、空間の向こうから何かをこちらへ向けてぶつけているような振動がした。そのたびに、漆黒の球が一瞬、大きくなる。ドオン、ドオン、という振動波の歪みが目に見えるほどだ。
「う、ク……!」
振動波が襲ってくるごとに、雷紋黒曜共鳴剣の音も歪む。いったい……いったい何者が暗黒の向こうより邪魔をしているのか!? あれも、レラのガリアの力なのだろうか!?
遠目に見ていたアートが、叫んだ。
「だれか、だれかカンナを援護できるものはいないか!?」
神官戦士たちが度肝を抜かれて凍りつく。この教導騎士は何を云っているのか。そもそも奥院宮近衛神官戦士は全員がガリア遣いというわけではない。現に、いまアートの側にいる七人の戦士たちは、みな男……のはずだった。
が、小柄でフード付きローブ姿の一人がくるりと踵を返し、ひょひょいと砕けた地面を渡ってカンナとレラの戦いの方向へ向かって歩き出した。
あいつはだれだ!? その場にいた六人の戦士たちがみな驚愕して見送った。アートも、いままで全く意識していなかった。
「おい……お前、ガリア遣いか!?」
アートが叫ぶ。ローブ姿は、振りかえりもせずに右手を上げてそれへ答えた。そして、その右手には、ガリアが……見るからに竜国の「銃」と思わしき姿のガリアがあった。
アート、一縷の希望をその者に託した。
「レラのガリアを狙え! 破壊しなくてもいい、均衡を崩してくれ!」
「あいよ」
人物がフード付マントをとる。マントは風に吹き飛ばされ、たちまちズタズタに引き裂かれながらレラのほうへ飛んで行って虚空の黒い球に消えた。空気自体が吸いこまれ、すさまじい風が吹いている。蓬髪の黒髪を無理やり後ろでまとめてひっつめ、神官戦士着に包まれた肉体は強靭にしてかなり豊満だ。その少し獅子鼻の不敵な面構えは、しかし、右目に眼帯がある。女は八重歯をのぞかせてニヤリと笑い、カンナとレラを見上げた。
「やれやれ、カンナちゃんよお、助けるのは二度目だぜえ? もっとも、前はギロアをぶっ殺してくれた借りを返しただけだけどよお。今度は、貸しにしとくからな!」
パーキャスでカンナと別れた、バルビィであった! やはり、ウガマールへ来ていた。そして、奥院宮警護の神官戦士になっていた……。その経緯は、いつか語られるときもあるだろう。
バルビィはなるべく近くまで行って、瓦礫の上からガリア「竜角紋炸裂連弾銃」を構えた。この銃は、基本的に石打式の二連装散弾銃だが、ガリアなので自在に形状が変わるし、各種の弾が撃てる。それは、彼女の精神力次第だ。
バルビィはいま、片方の銃身を縮めて片方を限界まで伸ばし、かつ絞りこんで、いわば狙撃モードとなった自らのガリアを構え、照準器を残った左目で覗いた。問題はうまくカンナの力と合わせて射撃しないと、この距離でも弾があの黒い球に吸われてしまうだろうということだった。
カンナは、まさかバルビィが……いやバルビィでなくとも、助っ人が現れたなど微塵も気づかぬ。
カンナ、眼前の現象へ集中しきって、次第に巨大な「なにか」が空間の向こうで暴れて生じる波動の間隔をつかみだした。そのまま、その波動へ合わせてこちらも波動を発しはじめる。その音響の波動はゆっくりと、少しずつ相手の波動を対消滅させた。それはやがて「なにか」の暴れる波動すら納めてゆく。空間を破り、こちら側へ出現しようと暴れる振動が徐々に鎮静化されてゆく。
いまだ!




