第3章 5-1 レラの影
カンナは乾いた岩と灌木の影へ転がるようにして身を潜ませ、黒剣を地面へ横たえると、岩へよりかかって足を出して座りこみ、再び左肩と肘をさすった。早くも、激痛が少し薄らいできている気もする……が、痛いのに変わりはない。疲労と苦痛で顔を歪ませながら大きく深呼吸していると、そのうち猛烈な眠気が襲ってきて、そのまま寝入ってしまった。いや……気絶してしまった。
どれほど意識を失っていただろうか。
はたと目を醒ますと、まず自分がどうしていたのか理解できず、眼だけで周囲を見渡す。そして、寝ていたことを自覚し、ビクリと跳び上がって背筋を凍らせる。だが明るさも変わってないし、何も周囲に変化がないように思い、少し安心した。目を醒ましていたのが夜だったら、自分は逃亡したと判定され、負けてしまったと思ってぞっとしたのだ。
「ハア……」
メガネを取り、なんとか痛む左手で持つと、そっと右手で埃をぬぐった。
戦いは、まだ続く。カンナは気を引き締めた。
とたん、レラの気配を感じた。
といっても、気を感じるとか、感応的なものではない。
カンナは無意識で、周囲に振動波を飛ばしていた。コウモリやイルカが使う、エコーロケーションに近い。振動波の反射で相手を「見る」ことができる。また、レラの固有振動も既に覚えていた。レラが、同じく隠れていたものか、よろめきながらかなり離れた場所の岩影より移動し始めたのを探知した。
カンナは歯を食いしばって痛みに耐え、レラを追った。逃げているということは、むこうのダメージの方が大きいに違いない。ここで、一気に勝負をつけようと思った。殺しはしない。できるのなら、だが。再起不能まで叩きのめすか、気絶させたら……本当にそれでこの戦いは終わるのだろうか。
よく考えたら、ウォラからこの「なんとか合わせ」は、どうしたら勝ちなのか聴いていない。自分はマヌケだと思ってはいたが、つくづくマヌケだとかみしめる。バカを究めている。いやになる。
(とにかく、やるしかない……なんとかなるんだ……これまでもなってきた……これからも……なる……)
そう思って自分を、自分の心をごまかす。
それにしても左腕が痛い。レラに軽く捻られたような感じに思っていたが、凄い破壊力だ。普通の人間だったならば、完全に肘か手首が破壊されていただろう。
「イッタ……」
涙が出てきた。だが、レラにもたっぷりと電撃と共鳴をくらわせてやった。総与ダメージ量なら、こちらの方が上のつもりだった。カンナは左腕をかばいながら黒剣を持って、小走りに岩場を進んだ。闘技場から遠ざかって、大きな岩の合間を進む。木が生えて、砂ぼこりが舞う。さきほどレラの重力衝撃波が吹き飛ばした箇所が遠目に見えた。岩石の山を完全に削って、雪崩めいて山体が崩壊している。
「……?」
カンナが不思議がる。レラの位置が移動している。が、やけに移動の速度が速い。こちらは慎重に動いてはいるが小走りだし、むこうの位置を分かっているので一直線だ。物陰に隠れつつとはいえ、レラがこちらの位置を把握できる理由が分からないし、把握して逃げているとしても、まるでライバの瞬間移動めいて急に位置が変わる。
明らかに罠だが、カンナはまさかレラがそんな藝当ができるとは想像もつかなかった。罠かもしれないと思ったが、方法が分からなかった。なぜならば、自分のガリアの振動波レーダーにはレラの姿形をしたものがちゃんと映っているのだから。
もっともカンナの経験がもっと豊富であったならば、レラの「影」がどこかぼんやりとして実体がはっきりしていないのと、一点で動かない、小さな時空の歪みがあることに気がついただろう。
カンナは忽然と静寂の訪れた広大なアテォレ神殿の一角で小動物めいて少しずつ移動を繰り返すレラへ、それを追い詰める野生猫のように確実に接近していった。そして、とある岩山の合間でじっとうずくまったのを確認して、一気に距離を詰めた。きっと、疲れたのだろう。
「レラ!」
黒剣を振り上げ、岩影より飛び出て、球電を叩きつけ……ようとして、立ち止まった。レラがいない。落ち葉が厚く積もる地面があるだけだ。
「……!?」
確かに、そこにはレラの影がある。あるのに、何もいない。まるで透明人間だ……!
「あ、あれ……!?」




