第2章 8-6 火竜渡河
確かに近隣の漁村で船が少し残っており、漁師が些少の魚を捕ってきてスープを作り市民へふるまっていた。しかし、まさに「焼け石に水」だった。数千人の飢えを満たすものではない。人々は炊き出しに殺到して奪い合う気力も残ってなかった。体力というより、気力が萎えている。それほどあの竜が恐ろしかった。
アーリーは、森へ狩りに出た。竜の出現が少ない地方のため、ここいらは野豚や野牛、猪、野兎、鹿、熊など野生動物が多い。だが、アーリーは狩人ではない。竜の退治屋だ。猪突竜でも倒せば、味はともかくかなりの食料になると思われたが……こういう時に限って竜はいない。
何も得られぬまま、むなしく一日が過ぎた。
が、翌日の午後、ようやくサランテから船がやってきた。足止めを食っていた人々の内には、商売にならぬと義援を断った者もとうぜんいたが、大半は食料などを満載して船を出し、またサラティスへ報告に行った。
けっきょくアーリーは、救援活動の指揮を執り、サラティスから本格的な救援が来る十二日後まで、ラクトゥスに停まらざるを得なかった。
救援は第一陣であり、すぐに第二陣、第三陣が手配される。ウガマールにも伝書鳩が飛んだ。カルマのアーリーの名が使えたので、サラティス政府への話も早かった。
救援の流れが見えてきたころ、アーリーはやっと解放された。漁師の小舟も余裕ができ、それを手配してようやくサティス内海を渡った。
時間を稼ぐために砂漠を突っ切ろうと考えていたが、なにせサランテで補給しようと思っていた食料がほとんど手に入らず、途中で食えるものを食いながら街道を行くしかない。
アーリーはなるべく急ぎ、まずはンゴボ川を目指して歩き出した。
通常だと歩いて五日はかかる行程をほぼ三日で踏破し、夜遅くンゴボ川へたどりついた。飲まず食わずだったアーリー、川へ頭をつっこんでむさぼり飲む。
「ふう……」
少し休まないと、ここからトトモスまで街道は川から離れるので、補給は一苦労となる。街道筋の井戸はこの季節、アーリーといえども飲むのは危ない。アーリーは、朝まで休むことにした。
そして、川べりへ安座したまま仮眠をとり、明るくなって目覚めると、そのまま川へ沿って街道筋を進む。
出発してから、二日後。
トトモスまでの道のりでちょうど中間地点へ来たころだった。
ドオオ……!!
ゴオオオン……!
グアラララア……!!
バジュゥアアア……!!
ゴロゴロゴロロロ……!
朝も早くから、地をゆるがし、風が唸り、稲妻の空気を裂く音がずっと遠くより響いてくる。
アーリーは立ち止まって、その音へ耳をすませた。
「……もう、始まったか!!」
はるか、ウガマール方面よりその音は聴こえてきた。かなり遠い。が、川向こうの草原と密林を突き抜ければ、マーリーの足では半日で着く距離だ。
アーリーには、何の音が既に分かっている。場所も分かっていた。
アーリーはたまらず、川へとびこんだ。火竜のダールであるアーリー、水は禁忌だ。たしかに泳げぬ。川は、中央部ではアーリーですら足が届かないほどの深さがあった。しかも、思っていたより急流だ。
アーリーは息を吸うと一気に水へ潜り、川底を這って進んだ。川石がごろごろと転がって、まるで踏ん張れないが、死にもの狂いで進む。
やがて川底が浅くなってくる。アーリーが水面より顔を出して息を吸い、一気に起き上がって立った。そのままザバザバと歩き、対岸へ渡ると音の方角へ向かって荒れ地を走りだした。
遠く草原を渡ってくる風が、アーリーをすぐに乾かした。
第三章
1
アーリーがラクトゥスで救援活動の指揮をとっていたころ。
ようやくカンナが目覚めた。
スティッキィとライバが奥院宮に来て三日目の午後だった。
布覆面の博士たちに連れられて、同じような薄く茶色がかったウガマール木綿の貫頭衣を着たカンナが、ウォラやスティッキィ達の待つ部屋へ入ってくる。
「カンナちゃん!!」
スティッキィが駆け寄ろうとして、ウォラに止められる。スティッキィは既にウォラを信用しておらず、ガリアを出さん勢いの凄まじい眼でにらみつけたが、ウォラは意にも介さなかった。
「カンナ、気分はどうだ?」




