第2章 8-3 竜狩り
アーリーはバソを出てからこの二日、ほぼ飲まず食わずだった。が、この速度なら四日もすればラクトゥスに到着できるので、そこで(近くへ隠して)竜を休ませ、自らも宿で一日休息をとるつもりだった。また、もしかしたらそこでカンナたちと合流できるやも知れない。
さしもの火草竜も走りっぱなしは辛い。飲まず食わずで走りっぱなしは、そのための特別な訓練を積んでも三日が限界だ。まして高原気候のカンチュルクと違い、このサラティス平原は気温が高く、暑い。サランテも近くなると息が荒くなってきて、アーリーは流石に速度をゆるめた。既にサラティスの領域内に入っており、どこに川があるのか把握してある。街道筋には旧帝国時代からの公共井戸があるため、川へ水を飲みに来る旅人はいない。
案の定、平原と街道を横断しサティス内海へ注ぐ川のひとつであるイストン川の川辺には、誰もいない。いるのは小さな鳥だけだ。
あまり幅はないがたっぷりとパウゲンの雪解け水をたたえたイストン川に、火草竜は長い前脚を屈めて顔を突っこみ、むさぼるように水を飲んだ。乾燥地帯の生き物であり、水の飲み溜めが可能だ。アーリーも雑具入れのバックパックから木のカップを出し、片膝をついてすくって飲む。うまい。
少し休むことにした。この機に些少でも食料もあれば、万が一にもラクトゥスで何も調達できなかったときに助かる。その考えが結果として大正解であるのは、読者の方々は既にお分かりであろう。
気を鎮め、天を仰いだ。
どこまでも青い空に、白い雲が流れてゆく。まだ、春先の朧げな雲だった。
故郷カンチュルク藩王国の、クイン地方の空はもっと薄い。
そしてディスケル=スタルの帝都ヅェイリンの、常に少し曇った空。聖地ピ=パの重苦しい気の立ちこめた空。これから行くウガマールの熱暑に彩られた濃い空。ストゥーリアの工場排煙に包まれた大都会の空。トロンバーの凍りついた空……。すべては、本当につながっているのだろうか。
と、火草竜が何かへ気づいて、唸りながらアーリーとは違う方向の空を見上げる。アーリーも続いてそちらのほうを見やる。
「……あれは……」
かなり上空を一頭の烏飛竜が飛んでいる。グルジュワンから来た野生種だろう。デリナの指揮を離れた。もしデリナ本人かバグルスの指揮にあったならば、かならず数頭の軽騎竜を従えているはずだ。
あのままサラティス領内で悪さをするのならば、コーヴとモクスル数人で余裕で倒せる相手だ。
まして、アーリーなど相手にするほどのものではない。
しかし、アーリーはガリアの力で右手へ火の玉を出すと、大きく振りかぶって烏めがけて投げつけた。翼長が百キュルトに近い怪物が、本当の烏に見えるほどの上空である。アーリーの火の玉はとうてい届かず、空しく空中ではじけた。
それを烏竜が見つけた。
巨大な目玉で地上のアーリーと火草竜を確認し、大きく旋回した。
「しめた」
アーリーが猛る火草を横倒しに寝かせた。烏飛竜がグルジュワンとカンチュルクの国境付近に生息している個体であれば、火草竜の死体を漁ったこともあるだろう。案の定、翼をたたみ、急降下で降りてくる。
そのままアーリーは少し離れた。
烏飛竜はアーリーと火草竜と両方を確認し、死体と判断した火草竜を後回しにして気配を消したアーリーへ先に襲いかかってきた。一気に方向を定め、落ちるように猛スピードで突っこんでくる。地上すれすれで反転し、急制動をかけ、その巨大な脚の鉤爪で襲い、尾の毒剣を振りかざし、かつ炎を吐く!
まさに、アーリーの上空数十キュルトほどで竜が翼を反転させ、その強力な両脚による鉤爪をかざした瞬間、寝ていた火草竜が瞬時に起き上がって猛然と吼え、大跳躍で烏飛竜めがけて跳びかかった。
空中で竜と竜の鉤爪が交差し、ひっかかって、勢い余って赤と黒の二頭がからまったまま一回転する。
そして地面へ叩きつけられた。
「ゴォルァア!!」
両者が竜の咆哮を発し、轟然と炎を噴きあった。火の勢いでは火草が上だが、広範囲に吐きつけるのでは烏に分がある。火をまとって、二者はいったん距離をとった。翼手も地へつけ、這いつくばるような飛竜類独特の四足のかっこうで烏が構え、サソリめいて長い尾の毒剣を振りかざす。が、それをアーリーがむんずと両手でつかみ、引っ張った。




