第2章 7-2 神殺し
その神官長が、カンナを使って行おうとしていること……。
それへ、大密神官七人の全員が反対しているということ……。
この第六部の中で、それは語られるだろう。
だが、彼らは、実際には戦わない。
戦うのは、カンナとレラである。
「レラの様子はどうだ」
心配そうにムルンベが眼をむくが、レラ本人を心配しているのではないことに誰もが気づくだろう。
「よくねむっているそうにございます」
「まさか、鉢合わせるとはな……」
ムルンベが目をつむり、嘆息する。四人はムルンベの機嫌を損ねては一大事なので、誰も何も云わぬ。
「……キギノはなんと云っているか? 間に合うのか?」
「キギノ殿は、どだい無理な話で、あとはレラ次第と……」
「またそれか。大金を払っているのだぞ」
「は……」
ムルンベの顔が一瞬、険しくなり、四人の額より汗がふきでる。
「教導騎士はなんと?」
「やり方次第と」
「やり方か……まだましな答えだ」
「は……」
一瞬、四人が安堵の色を見せたが、すぐにムルンベの表情が引き締まったのでまた強張る。
「で、どのようにやるのか? まともに当たっては、勝ち目はなさそうだが?」
四人はチラチラと見合った。ムルンベが嘆息を隠し、撫でつけるように顔を右手で拭った。使えない。
「まともじゃない当て方を考えろ」
「は……」
四人が、逃げるように下がる。ムルンベは大きな目を細め、沈思した。
奥院宮の祭祀及び実務責任者であるはずの大密神官といっても、序列と胡麻すりと試験で上がった者は、あのていど……相対する相手とはいえ、実力と野望でのし上がった神官長の凄さを改めて思い知らされる。だが、それゆえに挑戦しがいのある相手ともいえた。
(世界同時宗教革命など、狂気の沙汰……神殺しなど、無謀の極み……俗世を管理する責のある身にとって……いまの神官長は、ウガマールの毒でしかない……)
ムルンベの正当性はそこにつきた。彼は大密神官兼枢密司教である。枢密司教はウガマール表の支配者で、他都市では総督に匹敵する政務を執り仕切る。まことに多忙を極める身で、クーレ神官長の「ぶっ飛んだ」妄想につきあっている暇はない。まして、ウガマールに住み生活する一般の人々の平穏を、そんな狂気的な理想につきあわせるわけにはゆかなかった。
その反面、実利もある。
ムルンベは高祖父が南部バスマ=リウバ王国の高位の貴族出身で、いまでも厚いつながりがある。クーレ神官長を廃し、自らが神官長となった暁にはウガマールとバスマ=リウバを合邦させ、南部神聖王国を立ち上げることをバスマ=リウバ大王と確約していた。そして、彼はバスマ=リウバ大王位の任命権を持つ、名実ともに神の代理人として南部大陸に君臨するのである。その神の鉄槌を下す道具が……レラというわけだった。
「あ……猊下」
いっせいに博士たちが、両手を胸の前で交差し、左足を引いて腰をかがめ、頭を下げるウガマール秘神官の礼で迎える。
ここは、碧竜のダールの封印所の真上に作られた、竜真人製造研究所だ。神官長側の神殿敷地内にあるが、表向きは神官長も大密神官もそれぞれ共同で竜真人の研究を行っているので自由に使える。いま、カンナの成功例の後、量産と再現実験のため大理石造りの調整槽が六つ並んでいた。が、急な実験だったためか、投入した貴重な秘神官補の少女たちはほとんど死んだ。これまではほぼ年に一人か二人、そして少しずつ調整を重ねてきた。それを一度に五人、次に六人であったから無理もない。
だがその中で一人、生き残った。そしてガリアが発現した。さらに、その肉体はガリアに耐え、威力もカンナを超える可能性があった。それがレラだった。
共同墓地の石棺めいて並ぶ調整槽の端に、裸に管だらけのレラは眠っていた。カンナに比べ、鍛えられて筋肉質だが、痣だらけ、傷だらけだった。ほとんどが打ち身だ。まだ肉体がバグルスの血肉と完璧に馴染んでいないのか、それとも治りきらないのか。




