第2章 5-5 再調整
ウガマール奥院宮にこんな場所があるなどと、想像もしていなかった。いや、想像しろといっても無理な相談だろう。
「は、は、早く出ましょおよお……!」
スティッキィの声もふるえている。無理もない。
ライバは周囲を確認した。ぼんやりとした光で見えなくはないが、どうやら天井が高い。天井は高いが、周囲は狭いように感じた。あれほどの厚さの石壁に囲まれているのだ。あまり広くはあるまい。
ここはおそらく地下なのだろうから、壁を超えるより天井の上に移った方が良いと思った。しかし、位置を誤ると地上に……すなわち、兵士たちのど真ん中へ出てしまうだろう。
(岩の真上はどうだ……!?)
ライバは一か八か、スティッキィの手をつかむと天井の上をめがけて瞬間移動した。跳ね返されて落ちてはかなわないので、かなりの高さまで一気に跳んでみた。
すると、この謎の部屋の上にはまた部屋があった。ここも真っ暗で、窓すらない。しかし、同じく不思議な光に満ちていた。今度は、薄い青緑色に満ちている。やはり石造りの殺風景な、無機質な部屋で、いくつか石の柱がある。二人は慎重に状況を確認した。
すると、部屋の中央に、石棺のようなものが並んであって、それらの端のひとつが光っていた。光の正体はこれだ。二人は恐る恐る、石棺めいた、石の箱(?)へ歩を進めた。そして……青緑色の光の中へまたも人間が横たわって眠っているのを認識するや、あわてて近よった。
「カッ……カ、カ、カ、カンナちゃん!!」
光は、水の色だった。薄い青緑に輝く水の中に、カンナが裸で沈んでいる。二人は石棺の縁へとりすがって、水の中のカンナを見下ろした。そして息をのむ。カンナの鼻といい口といい、頭、首、肩、腕、胸元、腹、腿など全身に何本もの管が突き刺さっており、その長い管は石棺の底から生えているように見える。まるで、先ほどの謎の女性と同じような……。
「カンナちゃん、どうしたの!? おきて!? まさ、まさ……」
スティッキィがガクガクとふるえだす。ライバが、そのスティッキィの肩を抱いた。
「大丈夫、ウォラさんがついていたんだ……カンナさんは、大丈夫だ……!」
そう云いつつ、ライバも心臓が口からとび出そうだ。荒い息で口中が乾ききり、声が出ない。
「どうしよう……カンナちゃん、息してない……!! どうしよう……!!」
スティッキィが引きつけを起こして、自らの顔を両手で押さえる。涙がとめどなく流れ出てくる。
「とっ、とにかく、ここから出すんだ!!」
ライバがかまわず水へ手をつっこもうとしたその時、
「そこまでだ。ライバ、スティッキィ。落ち着くんだ」
二人は振り返った。いつのまに現れたのか。二人の後ろには、ウォラが立っていた。
水面に、波紋が浮かび、カンナがゆらめいた。
6
カンナは、また同じ夢を見ていた。何度か、この夢を見ている。
つまり、自分は水の中にいて、中から外の世界をぼんやりとながめているのだ。
元よりメガネがないので、外の景色はただでさえゆがんでいるが、水中からの眺めなのでより輪郭がはっきりせぬ。
まして、音も遠い。
いま、カンナは青緑色の不思議な水底から、三人が自らを覗きこんだり、激しく云いあっていたりするのを、ぼんやりと薄目で見据えていた。
「……ったいこれ…………おお!」
「……つく…………ィ…………うだ……」
「ちょ……!?」
「……してく……」
スティッキィやライバの声にも聞こえるが、水を通してなのでよくわからない。最後にもう一度、何者かの顔が水中の自分を見下ろしているようにも思えたが、その時にはもう、カンナは再びまどろんでいた。
(……どうして……わたしは……水の中で……寝てる……んだ……ろ……?)
思考がとろけてゆく。
教導所に隣接する教官用宿舎の、ウォラの立派な部屋で、ライバとスティッキィは悄然とし、椅子へ座ってうつむいていた。カンナの姿が衝撃的で、何をどうやっても考えがまとまらない。
「迎えが遅くなってすまんかったな。どちらにせよ、正攻法で許可の出る見込みがないので、そっちから入って来たら、そのまま許可しようと思っていた」
「どういうことよ」
スティッキィがうつむいたまま、もそもそと声を発した。カンナのいた施設から、何度も同じ言葉を吐いている。




