第2章 4-1 ウガマールの喧騒
これほどとは。ライバも困惑した。どちらにせよ、飲み水もこれではあるまいな、とカップへ移した水の臭いをかぐ。どうにもどろくさい。
とにかく洗面する。顔を拭く間もなく水は乾いた。
とにかく暑い。
「食欲もわかないけど、食べないと持たないわねえ。こっちの、涼しそうな服を買う?」
「そうだなあ」
二人は市場へ出た。この暑さにも関わらず、人がウヨウヨと歩いている。改めて見ると、サラティスやストゥーリアに比べて、比較にならないほどの様々な人種がいる。
まず多いのがウガマール人。それも、帝国時代以前からの古ウガマール人と、連合王国時代の混血で増えた新ウガマール人がいる。両者はほとんど変わらないが、やや新ウガマール人のほうが髪や肌の色が薄く、顔だちがサラティス人に近い。
その次が黒褐色や赤褐色の色濃い肌をした南部王国人。南部人も、良く見ると何種類も部族がいる。同じ黒褐色、赤褐色でも濃淡があるし、顔だちや体格、髪型が異なる。
そして、少ないが、二人と同じくサラティスやストゥーリア系の者。あるいはそれらの様々な混血。ウガマールは世界的な多民族都市なのだ。
市場には、野菜や果物が棚へ無造作にどっさりと並んでいるのにまず驚いた。種類も多い。新鮮なうえ、ストゥーリアでは考えられぬほどの安さだった。肉や魚も多い。魚はウガン川や海で好きなだけ捕れるようだ。山積みになっている。暑さのせいか、塩漬けや干物、オイル漬けなどの加工品も多い。肉は、やはりこの暑さで痛むのがとても速いのだろう。山羊、牛、羊、ブタ、鶏にアヒルやよくわからない見たこともない鳥、ワニに亀、大蛇、トカゲにいたまるでが縛られ、あるいは籠に入れられて生きたまま売られている。解体され、肉となったものは、大きな刃物で切り分けられる側から売れていた。
清浄な水も売っていた。これは高い。遠くから仕入れているためだろう。薄いワインやビール、果汁の方が安かった。みな、そっちを飲んでいる。
「ところ変わればよねえ……」
スティッキィは呆れた。
その市場の片隅に両替所があった。ウガマール語だが、サラティスの商人も多く、サラティス語と併記されているので助かった。
「なによ、あいつ……こんな近くにあるじゃない」
スティッキィが鼻面をしかめる。管理人のおやじのことだ。遠くまで両替に行ってきたと云い、やはり手数料をかすめ取る腹つもりだったのだろう。
「何食べる?」
「果物でいいわよお。……こんな新鮮な果物、ストゥーリアじゃ大金持ちしか食べられないわよお」
「たしかに……」
初めて見る果物だらけだった。ストゥーリアで彼女たちクラスの中堅暗殺者が口にできる果物といえば、甘くないリンゴとワインを作るブドウしかない。柑橘類をまず初めて見る。それに、ナツメヤシの実。スイカにメロン。無花果は大きいもの、小さいもの、何種類もある。そして、べらぼうに安い。
両替所でストゥーリアのトリアン金貨を両替したが、こちらは機軸通過が銅銭なため、どっさりと渡されて辟易した。重い。
「どうしよお、これえ……」
スティッキィが困惑する。
「使うしかないよ」
それぞれ三トリアンを両替したのだが、しめて五百五十八ンバリンとなった。二人あわせて千百十六ンバリンだ。
ちなみに、メロンは一玉で五ンバリンだった。
使い切れぬ。
竜革の鞄の底へ、麻袋に入れて銅銭を敷きつめた。肩が抜けるかというほど重くなった。このまま振り回して武器に使えそうだ。
何はともあれ、大きな黄色いメロンを一つ買って、雑務ナイフで切って二人で分け、食べてみた。これまで食べたことのない衝撃的な味と香りに、二人は魂消て声も無かった。なんたる甘さか。美味を超えている。むさぼり食べ、次は赤い柑橘類を買う。これは一つ二ンバリンだった。
これもナイフで切り、皮をむくや、芳しい甘く酸っぱい空気が立ち上り、食べてみると酸味と甘みがちょうどよく、美味だった。皮は、みなそこらに捨てているのでそうする。
「いやあ、凄い土地だな、ここは」
ライバが活気に沸く通りを見渡し、つぶやく。きっと、この活気も日常なのだろう。
「竜があんまり出ないというだけで、こんなにちがうものかしらねえ……」
スティッキィも半ば呆然としている。




