第2章 1-3 深夜共鳴
「風にしては、妙に唸っている。まるで……カンナさんのガリアの音のような……」
思わずウォラの背中のカンナを見やったが、カンナは何かにうなされており、気分が最悪的に悪そうに顔をしかめ、あえいでいるだけだった。
それが、ライバの移動による「酔い」のせいだと、三人とも思ったのである。
天空に風の啼く音を延々と聴きながら、三人は街道を進む。
この草原地帯に、南方の獰猛な肉食獣もいるし、北部では竜に食われつくして見ることもできなくなった野牛や野生馬、それに鹿に似た様々な生物も、たくさんいる。それに、南部バスマ=リウバ王国や北部サララィス領から、ごくごくたまに竜も飛んでくる。
それでも、ガリア遣いであるがゆえに、彼女たちにとっては恐れる存在ではなかった。むしろ、ウォラが延々説明している様に、小さな有毒生物のほうが恐ろしい。
いかに硬い竜革のブーツをはいているとはいえ、うっかり毒蛇や蠍を踏みつけるほうが、竜より恐ろしいのである。
水は飲みつくしているので、川まで我慢の旅だった。が、午後いっぱいも歩けば、夕日が橙色に地平を染めるころには清浄な流れのンゴボ川へ到着する。事実、何事もなくその通りとなって、三人は安堵した。川のせせらぎが、生命の音に聴こえた。
川幅は大きく、乾燥地帯だが長い草が周囲に瑞々しく繁茂している。船着場の様な、旅人用の給水施設もある。石造りの用水も引かれ、近隣には自給自足の村もいくつかあった。
「明日、行って食料を仕入れよう。今日はここで休むとするか。カンナには悪いが、やはりライバのガリアを使って正解だった」
何本もの水筒へ水を補給し、ウォラも安心したようだ。
「ほら、カンナちゃん、しっかりして、お水よ、のめるう?」
スティッキィが甲斐甲斐しく、カンナを世話する。
「あ、ありがと……」
息もたえだえに、カンナは水を口へ含んだ。一口、二口、のむが、吐き戻しそうになり、すぐに横たわる。
「……あっついわねえ、しっかし……。ねえ、ウォラあ、簡易宿泊所とかないのお? こんな立派な水飲み場が整備されてるのに……ここでも野宿なわけえ?」
「スティッキィ、あっちにある。あそこで休もう」
ライバがめざとく、近くに佇む掘っ建て小屋めいた庵を発見した。
ウォラがカンナを抱き、三人で歩く。川から離れておらず、水の補給もいつでもできた。
すっかり日が落ち、火を起こして簡易糧食の乾し肉を炙りながら、横たわるカンナの隣で三人が行程を確認し合う。
「ここからウガールまでは、ほぼ十日だ。今回は水の補給を優先し、ライバの力を連続して使ったが、やはり、これを続けていては、カンナの体力が逆にもたない。ここからは、二人もしっかり歩いてもらわなくては」
「多めに水を持っていきたいわねえ。その、近隣の村で水瓶を買って……持てるかしらあ」
「ここいらは、竜はあまり出ないのでしょう? 荷物を運ぶ動物は売ってないのですか?」
「そうだな、騾馬でも買うか……」
メス馬とオス驢馬をかけあわせた騾馬は、育てやすく頑丈な家畜として、ウガマールやバスマ=リウバでは古代より重宝されていた。水も大量に運ぶことができるうえ、自分は十日やそこら、飲まなくても平気である。
その夜、四人が木と稲藁と芝で作られた庵で横になっていると、気のせいか、さらに空の唸り声が響きわたってきた。
グオオ………!
ドオオオン……!!
「うるっさいわねえ。寝られやしない……まさか波の音でも無いし、何の音なのよお?」
寝ぼけ眼で、スティッキィが起き出し、満点の星空を見上げる。曇りですらないので、嵐が近づいているとか、そういうものではない。とにかく、異様なまでに、風が上空で唸っている。
「あの、変な音の竜でも大群で飛んでるみたい……」
と、スティッキィがぼやいた瞬間であった。
上空の星々の合間より竜の赤い発光器がキラッ、と光ったと思ったら、そのバスマ=リウバの主戦竜の一種、空戦竜が爆音を轟かせて、庵の上空へつっこんで……いや、墜落してきた。
バオオオオ!!
まるで急降下爆撃だ。
一行が飛び起きて、無意識にガリアを出す。
庵を出て、そして、やおらその庵が爆発して、下りて来る竜めがけて稲妻が地面よりつき立って迎撃した。
「カン……!」
ドオオオオ!!
地面が揺れるほどに、カンナの共鳴! 天空と大地が、互いに共鳴し合って、天変地異めいた大音響を発した。
「これは……どうしたことだ……!?」
ウォラも驚いて、カンナと上空を何度も見比べる。




