第1章 4-5 百足竜
「スティッキィ……」
ライバ、涙ぐむ。だが、泣いている場合ではない。
「ちょっと、二人とも、何やってんの!? あれを倒さなきゃ!」
うなずき合い、カンナの元へ戻った。
百足竜は、じわじわと歩きながら夜空へ漆黒の鎌首をもたげ、節ごとに整然と並ぶ発光器が不気味にその影を彩っている。眼がつぶらだが、眼の下の発光器が三日月型に鋭くとがって、凶悪的な眼玉模様となって見る者を威圧する。
そして、シャベルめいた口が開くや、クワッ、と発火し、火の塊が周囲を照らしつけながら発射され、それが着弾するや燃焼爆発で何倍にも膨れ上がって、家屋を破壊してゆく。これまで超主戦竜級の襲来が一度もないラクトゥスは、完全に市民がパニックへ陥り、街より逃げ出そうと通りをひしめきあって進んでいた。混雑していたのが災いし、人であふれかえっている。ここを上空から襲われたら、さらに被害は拡大していたろうが、空戦竜は二頭ともカンナが倒した。
逃げる人の波が押し寄せてきたので、三人は路地へ入って、竜へ近づくため建物の影を移動した。
慎重に進みながらカンナ、
「で、どうするの?」
「上に乗ってる、あいつをまず倒しましょう。私がカンナさんを連れて、下から瞬間移動を。私が殺ります。カンナさんのいまの力なら、あの竜もきっと大丈夫。スティッキィは……」
「あたしは囮ねえ。まかせておいて!」
云うが、もう路地を違う方向へ向けて走った。
「大丈夫かな……」
カンナが心配そうに、スティッキィの消えた路地を見つめた。
「大丈夫ですよ。彼女は……すごく、強いです」
「そうだよね!」
二人も闇の中、先を急ぐ。
竜へ近づくと、嗅いだこともない嫌な臭い……悪臭ともいえる独特の臭いが鼻についた。北部の竜の妙な金属臭も嫌な臭いだが、それとは異なる、油の腐ったような臭い……なんともいえぬ生臭さが漂う。
「こいつ、肉は食えなさそうですね」
ライバが、カンナの後ろで辛抱たまらぬといった声を出す。
そこなんだ、とカンナは思った。ストゥーリア人にとって、やはり竜肉は食料なのである。
「しかも、大きいな……」
周囲の建物を破壊しながら、大きな通りをざわざわと進む竜の体長は、見上げるような鎌首が全体の四分の一ほどで、かなり巨大な生き物であることが分かった。全長だけなら、パーキャスで見た、あの特大の大海坊主に匹敵するやも知れない。すなわち、全長で五〇〇キュルト……五十メートルはあろうか。
こいつを、どう倒すか……それとも、追っ払えるのか……カンナが素早く思案していると、百足竜の吐きつけた火炎弾が、空中で爆発し、竜が怯んで顔をそむけた。頭の上に乗っているバスマ=リウバ人戦士も、慌てて頑丈な鎖の手綱を引き、竜を落ち着かせている。
見ると、竜が二撃めを吐きつけたが、背後から見ても明確に、その炎へ黒い星が当たって、再度空中で爆発した。スティッキィだ。竜が怒り、発光器が赤く明滅して、移動速度が上がる。スティッキィを追い始めたのだろう。
「行きましょう、カンナさん。あの、鎌首の真下まで行かなくては!」
ライバが先に走った。カンナの黒剣は、眼前の巨大な生命力へビシビシと共鳴している。
大通りの端を進むと、眼前を巨大な爪脚がガチガチと規則的に石畳をかんで動いている。臭いが凄いが、緊張感がまさった。
二人はかなり走って、ようやく鎌首を見上げる場所まで来た。大きい。体高でいえば、大王火竜や氷河竜の倍はあるのではないか。首が痛くなる高さだ。
「一気に行きますよ、カンナさん!」
云うや、ライバが左手でカンナの右腕をとり……その瞬間には、一瞬で扁平で大きな竜の頭の上に移動していた。
瞬間移動など想像もしていないバスマ=リウバ人の背の高い筋骨隆々の壮年の戦士は、スティッキィを追うのに一心不乱で、二人の存在に気づかなかった。布を巻きつけたような服を着て、黒褐色の肌にぎょろ眼が竜の火を映して赤くてらてらと光っている。まったく知らない言語で悪態をついているのが聞こえた。
「それっ!」
ライバがまた瞬間移動で間合いを詰め、まずの食肉解体大型ナイフのガリアを、自分より遥かに体格の大きい戦士のアキレス腱めがけて振り下ろした。
悲鳴をあげ、やられた左足からがっくりと倒れる戦士は、何が起きたか理解できずに、とにかく起きあがろうとしたが、その脳天めがけて、もう、ライバが分厚い刃を叩きつけていた。




