第1章 3-3 高い宿
やはり、一か月ほど前にウガマールから来た船を最後に、こちらから復路で出た船が入港許可が下りずに帰って来てしまい、それ以降、往来が無いのだという。仕方ないので、カンナがウガマールから出てきたときのように陸路で向かう隊商もいた。内海を渡る渡し船を使い、対岸まで渡ってから延々と歩く。陸路では、砂漠と密林をぐるりと回って約十五日かかる。船だと、外洋を通って五日だ。
ウォラは奥院宮へむけ、伝書鳩を使った。何がどうなっているのか、彼女もさっぱり分からない。奥院宮へ事情を尋ねる。
敵は、それを待っていた。
ウガマールの入港許可を意図的に取り消してまで、ウォラが……カンナ達たちが立ち往生し、連絡のため伝書鳩を使うのを待っていたのである。
そこまで、できる相手が、今回の敵というわけだ。
既に、名は出ている。
ウガマールの表の支配者であり、クーレ神官長に次ぐ、実質的なウガマールのナンバーツー、ムルンベ大密神官兼枢密司祭である。彼こそ、南方大陸最大の強権国家である、バスマ=リウバ王国人貴族を先祖にもち、現在もその王国と図り、ウガマールの支配を目論んでいる反神官長派の筆頭である。
神官長個人の強大な権力が凄すぎて、表立って反乱を起こせぬムルンベは、彼の切り札であるカンナを亡き者にしようとしている。しかし、パーキャス諸島でカンナのとんでもない力を知ったムルンベ、暗殺作戦をひとまず中止し、急ぎ、次の手を進めていた……。
ウォラはよもや敵がそこまで大がかりな手を使っているとはおもわずに、本当に何か事故でもあったのかと思い、純粋に連絡を使ったのだが、ウォラが伝書局を去った後、すぐに次の鳩が飛んだ。飛ばしたのは、伝書局の役人である。既に買収されている。
ライバは、混んでいたが、しっかり宿を手配してきた。
「…………」
ライバの案内で訪れたホテルにて四人が通されたのは、ラクトゥスでも最も上等な部屋で、五階建の最上階ほぼワンフロア貸し切りだった。一種の貴賓室であり、常に空けてある。こういう時のために。最上等の部屋だ。家具が豪奢で、広い。ベッドも一部屋に二つある。フロア付の使用人もいた。さすがのウォラも目を丸くする。
「ここしかなかったのか、ライバ」
同じように魂消ていたライバ、口を濁す。
「いやっ……まあ、そのですね、その、斡旋所でとってもらいまして、その……」
「あんた、現地を確認してないのねえ!?」
スティッキィに云われ、
「……面目ない……」
と、うなだれる。
「一泊、いくらなのか?」
ライバ、さらにうろたえる。
「ええと……いくらだっけ」
「それも確認してないのお!?」
「いやっ……もう、どこも空いてなかったんだよ!」
「開き直ってんじゃないわよお!」
すかさず、部屋まで案内した支配人が、
「ええ、こちらは、いま、少々お高くなっておりまして……おひとり様、百五十ンバリンぽっきりです」
「百五十だと!?」
ウォラが驚いて声を発した。
ンバリンはウガマールの貨幣単位で、主流通貨が薄く含有率も低い銀貨であるため、金貨が主流のサラティスやストゥーリアと違い、物価単位のケタがちがう。ここのところの相場が、だいたい一ンバリンで四~五ネルト。ネルトはサラティスの銅貨の単位で、千ネルトで一カスタであるから、だいたい二百~二百五十ンバリンで一カスタとなる。つまり、百五十ンバリンは、だいたい七百ネルト前後であり、半カスタ少々というところだ。
結論を云うと、一泊半カスタ少々は、かなり高い。
他の、中級ほどの宿で、一泊三十ンバリンほどであるから、五倍である。
そりゃ、ウガマールの遊郭付超最高級宿は、一泊二千ンバリンの部屋もあるが……そちらは別世界だ。港街の旅の宿で、一泊百五十は、ちょっと法外であった。
「高すぎる」
ウォラは一蹴した。金は無いわけではないし、公務なので奥院宮へツケることもできる。しかし、そういう問題ではない。こんな部屋へ泊まる必要がない。また、船が出るまで何泊するかもわからない。
しかし支配人は、笑顔で、
「奥院宮密神官様御一行がそれでは……しめしもつきますまい。じっさい、本日、ラクトゥス宿泊組合所属の宿は満室でございます。非組合員の宿のお部屋は、もっとお高く……」
などと云う。




