第1章 1-2 デリナよりの密書
が、あくまで、それはスターラの人間が行わなくてはならないので、アーリーとマレッティは補佐で動いている。
補佐で動いているが、実際は二人がいないと何も進まない。
それがようやく、動くようになってきた。
ヴェグラーとメスト、どちらもレブラッシュを総裁とし、フーリエがヴェグラー副総裁、クラリアがメスト筆頭にしてこれもメスト副首領とし、やってゆくことになった。フーリエはメストの幹部も兼ねる。
また、ガイアゲン商会、ヴェグラー、メストの全てのオーナーとなったガイアゲン家については、今後、他の物語で語られる機会もあるだろう。
で、そうなると、二人は本来の仕事へ戻らなくてはならない。
その許可が、レブラッシュより出たのである。
そこで、手始めにアーリーはパオン=ミを戻した。入れ替わりで、自分がラズィンバーグ……すなわちラッツィンベルクへ行くつもりだった。
「春までかかると思ったが、思ったより早かったな」
アーリーは安堵していた。
「よくもまあ、ひと月くらいで、まがりなりにも形になったわよねえ」
暖炉の暖かい、ガイアゲン商会本部建物の一室で、風呂上がりのマレッティがぐったりと安楽椅子にもたれ声を発した。カンナが破壊した館の棟は、ようやく半分ほど撤去が終わった。
「そうだな」
アーリーも、さすがに疲労の色が隠せない。約一か月、不眠不休で奔走し、書類へ目を通した。
「黒猫を呼べばよかったな」
本来、カルマで経理をやっている黒猫が得意な分野の仕事も、無理をして二人で見た。眉間を押さえ、アーリーが同じく安楽椅子で天井を仰ぐ。幸い、ガイアゲンお抱えの凄腕整体師が数人体制で連日二人をケアしているので、仕事のわりにまだ疲労は少ない。庭に半分埋まっていた、サラティス式風呂の功績もあった。遺跡と化していた風呂を修理して使えるようにしたあの日以来、湯のない日はない。
「ちょっと、早めに休むわあ」
フラフラしながら、マレッティが自室へ戻った。アーリーの顔も、自然とほころぶ。マレッティは、本当によくやった。余計なことは云わず、表に立つフーリエやクラリアを粛々と補佐し、導いた。
アーリーも、早めにきりあげ、自室へ戻る。しかし、自室で、まだ書類に目を通す。ランタンへ火を入れ、ぼんやりと明るい光の元、ヴェグラーの今後十年間の収支予測表を見ようとしたその時、窓の外にコツコツと規則的に一定のリズムで当たる音。これは、パオン=ミの呪符の鳥の証拠なので、素早くアーリーは窓を少し開け、招き入れた。
すかさず呪符が展開し、封印されたパオン=ミの声により報告がある。その切羽詰まった調子から何事か起きたとすぐに分かったが、さすがにアーリーは椅子を倒して立ち上がった。
「カンナが、ウガマールへ行ってしまっただと……!!」
こぶしを握りしめ、わなわなと震えた。
「……迎えが来たか……!」
ギリッ、と竜の牙をかんだ。
「さては、ウガマールでなにかあったな……!?」
顔が渋面にゆがむ。
まずい。
まだ早い。
私が、共に行かなくては……!!
私が教導につかなくては……!!
「カンナは……死ぬやもしれぬ……!!」
アーリーは音を立ててドアを開け、マレッティの部屋へ向かった。
そのマレッティ、もそもそと高級な寝間気へ着替え、ベッドへ入ろうとした矢先、これも、窓の近くの壁へドオンと何かがぶつかったので、驚いて近づいた。鳥だろうか。こんな夜に。
しかし、鳥ではなかった。
開けた窓より入ってきたのは、
「……これは……!」
パーキャス諸島でも現れた、小型で高速飛行をする、連絡用の小竜だった。しかし、様子が違う。かなり怪我をしているようで、窓から入ってくるなり床に転がり、そのまま、息絶えてしまった。翼も、身体も何者かに襲われ、ボロボロだった。
マレッティ、震える手で、その首へ括りつけられた金属環をとった。丈夫な紐を小型ナイフで切って、そっと手にとる。まちがいない。この環に刻印されている、黒竜の紋章。
デリナよりの連絡だ。
ついに来た。
マレッティは昂奮しつつ、慎重に環を開けた。中より、小さな密書が現れる。




