第1章 1-1 カンナを追え!
第一章
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朝、自然に目の覚めたパオン=ミとスティッキィが、ちょっと眠りすぎたかな、と違和感を覚えつつ、のろのろと食堂へ集まってカンナの置手紙を発見し、どれほどの恐慌状態に陥ったかは、いちいちのべるまでもないだろう。
「してやられた!!」
珍しく、パオン=ミが激高する。
つまり、キリペにまんまと眠らされ、カンナを連れ出されたのだ。
「どおすんのよお!?」
「きまっておろう、まだ間に合う、追うのだ!」
「わかったわ!」
装備もそこそこにカンナの後を追うべく隠れ家を飛び出て、路地向こうの表通りに通じる石階段を下りかけて、急激に立ち止まる。既にすごい人だかりで、役人もいるようだ。ちらりと見やると、階段下の踊り場で、血だまりに誰か沈んでいる。それがキリペだと分かるや、身をすくめて後退り、そのまま屋内に駆け戻った。
「ちょっと、どおなってんのよお!?」
「我が知るわけなかろう!!」
「どおおすんのよお!?」
「落ち着け! 落ち着くのだ……!!」
パオン=ミが、ぎりぎりと右手の人差し指の関節を咬む。
「なぜだ……なぜキリペが死んでいる……やったのはカンナではない……!!」
「もおお!」
バアン、と両手で机をスティッキィが叩き、パオン=ミがびくりと身をふるわせ、凝視する。
「らしくないわねえ。考えてる場合い?」
スティッキィがパオン=ミを指さし、鋭い眼でにらみつけ、
「いま追えばまだ間に合うわ。スーリーを出して。空から追うのよ!」
呆気にとられつつ、小刻みにパオン=ミがうなずく。
「あ……ああ……そ、そうだ、そうだな、スーリーを出そう。そうだ、まだ間に合う!」
「アーリーにも連絡を!」
「そ、そうだ、アーリー様にもな」
目に生気が戻り、パオン=ミはさっそくガリアの呪符を出し、急ぎ言霊を封じると窓より放った。それは鳥の形となって、およそ鳥とは思えぬ速度で飛んで行ってしまう。
「これでよ……」
つぶやき、窓を閉めて振り返ろうとしたそのとき、いま行ったばかりの呪符の鳥が、すさまじい速度で戻ってきて、窓を突き破って室内へ入ってきたので、使用人兼管理人の中年女性の三人と共に驚いてとびあがった。
「なん……!?」
だが、それは、いま放ったものではなかった。先週、定時連絡でストゥーリアのアーリーヘ放った呪符の鳥が、返ってきたものだ。すなわち、アーリーより指示がある。
パオン=ミが呪符を解除すると、中より折りたたまれた密書が出てきた。急ぎ開封する。それを速読したパオン=ミ、愕然と虚空を見つめ、動かなくなった。スティッキィが狼狽え、声をかける。
「ちょっと、なによ、パオン=ミ……どうしたのよお!」
「帰還命令ぞ……」
「はあ?」
「我は……スーリーと共にストゥーリアへ……アーリー様の元へ戻らねばならん」
スティッキィ、ビー玉めいて眼をむき絶句。
ややしばし声も無かったが、
「そ、そんなの、いま事情を飛ばしたんだから……アーリーもわかるでしょお!? カンナちゃんを追うほうが優先でしょお!?」
「そうはいかん」
パオン=ミが、懸命に息を整えつつ、次の手立てを目まぐるしく考える。
「我ら間者は、勝手に判断できぬ。してはならぬ。今は、戻れという命が最優先ぞ。その後、改めてカンナを追えというのであれば、命懸けで追うが」
「あったまカタッ……!!」
「宮仕えとはそういうものぞ」
話しても無駄とスティッキィ、決然と云い放つ。
「あたしはカンナちゃんを追うわ」
「そうしてくれ」
そして、二人は慌ただしく準備をすると、挨拶もそこそこに、ただ、
「また会おうぞ」
「ええ」
とだけ云い残し、ラズィンバーグの隠れ家を出た。使用人兼管理人の中年女性だけが、無言で二人を見送った。
それから、何日かの後。
こちらはストゥーリア……すなわちスターラのアーリーである。
パオン=ミのガリアは、ほぼ一日半でパウゲン連山を越える。
よく訓練された最高級の伝書鳩でも四日はかかるので、さすが、ガリアというところだ。
アーリーとマレッティ、そしてホルポスを迎え討った三大隊の元第一大隊長フーリエ、元第三大隊長クラリアは、ガイアゲン商会筆頭番頭兼事実上のメスト首領レブラッシュの元で、強力にスターラの竜退治組織ヴェグラーと暗殺組織メストの立て直しを行っていた。




