第3章 1-2 思惑
「さあ、何のことですかな……」
「ま、とにかく、ご助力いただければ、局長殿の仕事も捗ろうというもの」
「どのような内容ですか?」
パオン=ミが、事細かに説明した。
ナランダの顔が見る間にひきしまり、そして、思案して、目をつむり腕組みをして沈思し始めた。
無理もない。死竜教団にとりこまれ、都市政府としてそれを排除しようとしているとはいえ、もしかしたら、ユホ族はこれを機に離散してしまうかもしれない。十四部族が、十三になるのだ。周辺諸部族統括局としては、ガラネルを倒せば、教団信者など自然に宗旨がえして元の通りになるとふんでいた。
それが、ユホ族ごと消滅してしまうかもしれないとあっては、局長の責任問題にもなりかねない。
さすがに決断をしかねる様子のナランダへ向け、パオン=ミが続ける。
「局長殿……よもや局長殿は違うと思うて話しまするが……」
ナランダが、目線だけ上げてパオン=ミを見た。その視線は、懐疑半分、やむなし半分だった。パオン=ミは正確にその光を読み取り、
「政府内にも、教団の息のかかった輩が必ずおるはず。そやつらのあぶり出しにも使えましょうぞ。誰がそうなのかはわかりかねまするが……うまく使えば、局長殿の出世も見えてくるのでは?」
ナランダの眼が光る。そして、その光を隠すように目を細めた。パオン=ミもそれを見逃さず、にんまりと笑う。
「確かに……」
ナランダが視線をそらし、窓の向こうを眺めた。
周辺諸部族統括局は、ラズィンバーグにとって極めて重要な部門ではあるが、だからといって現状、特段都市政策に影響があるわけではない。十四諸部族は、ここのところ特に可もなく不可もなく普通に生活している。局長職の中では、閑職に近い。それが、今回のガラネル討伐に成功し、あまつさえ都市政府内にはびこる教団派も一掃できたならば、こいつ、一掃する相手によっては総督も夢ではない。
「よかろう。許可する」
パオン=ミとスティッキィが立ち上がり、あわててカンナも続いた。
「しかし、特に書面には残さんぞ」
と、ナランダが振り向いた時には、三人とも退室していた。
苦笑し、ナランダも立ち上がって机に戻る。まさに、いま、賽は投げられた。
「さて……レスト……な。どうする……か……な……」
ナランダは執務机についたまま椅子をずらし、また窓の外を見やって、思案を始めた。
2
それから慌ただしくなった。しかし、表向きは平静を装う。いつどこであの猫のガリアが見張っているやも知れない。
「いまのところ、見かけないけどお」
「準備ができれば、あやつにも協力願うのだから、あまり見かけなくても困るがな」
「次はうまくいくわよお」
二人がほくそ笑む。この策は、よほど自信があるようだったが、カンナはやはりそれが恐い。前回の奇襲暗殺もそうだったのだから。
(早くアーリーが来ないかなあ)
カンナは、そればかり考えていた。
一週間の後、ナランダの準備が整い、周辺諸部族統括局長命で極秘にその会合は招集された。すなわち、十四部族族長会議であった。しかも、秘密招集は、
「百十七年ぶりだぞ……」
というので、族長たちも動揺した。何事か、というのである。秘密会合が最後に招集されたのは、まだ都市国家同士で戦争をしていた時代に、当時サラティス派とラズィンバーグ派に分かれていた十六諸部族の内、サラティス派の二派を残した十四部族が秘密裏に招集され、残るサラティス派を攻め滅ぼしたときだった。つまり、この秘密招集がかかるということは、
「また、どこかの部族が消滅するかもしれない」
ことを意味している。
緊張の面持ちで、族長たちは密かに指定の場所へ集まった。場所は、特に定められていない。その都度、招集者が指定する。今回は、都市政府庁舎から続く、秘密の地下室だった。石垣の内部というか、山肌の奥というか。こういった地下室が、政府庁舎の奥に幾つあるのかもよくわかっていないほどにある。開かずの間のようなところを久しぶりに開けたら、いつのものかもしれぬ白骨が転がっているときもあった。
暗く湿気が溜まり、ランタンの明かりがうすぼんやりと互いの顔を照らす中、族長たちは大きな卓へつき、慎重に数を数え、来ていない部族を確認しあった。
「十一か……?」
「呼ばれてないのは、どこですか?」




