第2章 3-1 猫
「どういう経緯かは知らぬが、マレッティがラズィンバーグにある死竜教団を壊滅させたのよ。この宝石商が、教団の本部だったのだろう。そして、これではっきりした。マレッティと共にいたダールは、デリナだ」
カンナが、まず大きく息を吸った。デリナとマレッティが……!
吐きそうになった。
と、スティッキィが、やおらガリアである死舞闇星剣を出して、闇色の星を飛ばしつけた。
無音で星が回転しながら飛び、部屋の隅を襲った。パオン=ミもカンナも、一瞬のことで何があったのか分からなかったが、
「ギニャア!!」
猫の声がして、一匹の猫が跳び上がって闇星を避けると、一目散にどこかへ行ってしまった。今来た通路の他に、外へ出る隙間でもあるのだろうか。
「猫か……脅かすでない、スティッキィ」
パオン=ミが、鼻で笑った。カンナも、驚きで先程の気分がふきとんでしまった。
だが、スティッキィの顔は冴えない。怒りにも似た形相で、猫の逃げた先を凝視していた。
(あの猫……私のガリアを避けやがったわあ……)
で、あった。
(竜ですら、避けられないこのガリアを……!!)
「ほれ、スティッキィも何か手がかりは無いか探せ」
パオン=ミに云われ、スティッキィはひとまず猫を忘れることにした。
三人はそれからしばらく家捜しをしたが、特に何も目ぼしいものは見つからなかった。
夜が明けてきて、パオン=ミも諦めて、三人は撤収した。
雉虎の猫が、黄色い眼で、敷地の隅よりその三人を見つめていた。
3
事態は、急激に動いた。
三人の隠れ家を、相次いで二人のガリア遣いが訪れたのである。
一人は猫を抱いた少年、一人は、ウガマールからの使者だった。
少年は、三人が廃屋の地下室を探索した二日後の昼前に、何の前触れもなく、普通に家を訪問してきた。管理人の中年女性が、不審に思ってすぐ雇い主であるパオン=ミを呼ぶ。幸い、パオン=ミは家にいたので、すぐさま対応した。
「其方……」
赤茶色の髪に同じく赤茶色の瞳をした華奢なサラティス系の少年は、良い服を着て、竜革の肩下げ鞄をし、どこか高級官僚の子弟めいた雰囲気をしていた。その腕の中の雉寅猫が、大人しくパオン=ミを見つめている。
「はじめまして」
少年が大人びた声を発した。
「僕はレストといいます。歳は十二……」
「ここがどこか、分かってきておるのか?」
「カンナさんに、お会いしたいのですが」
パオン=ミの眼が、殺気に光った。
猫が、身をすくませる。
「其方、何者ぞ」
「戦う気はありません……」
「何者かと問うておる。返答如何では、童と云えど容赦はせぬ」
「僕は、ただのガリア遣いです」
「ガリア遣いだと!?」
そのとき、スティッキィが散策ついでの買い物より帰宅した。
「ただいまあ……ちょっと、なあに、この子。知り合いなのお?」
と云って。ギョッとして硬直した。少年……レストにではなく、少年の腕の中の猫にだ。
「あんた……」
一歩後退って、ガリアを発動させる。やおら死舞闇星剣を構え、少年へ突きつけたのでパオン=ミも驚く。
「スティッキィ、街中ぞ!」
「パオン=ミ、地下室にいた、あたしのガリアを避けやがった猫、こいつの、その猫よ!」
「なに……!?」
そこで、ようやくパオン=ミも気がついた。少年は、とっくにガリアを出していた。つまり、この生きた猫こそが少年のガリアであり、既にこの家も、先日の地下室での探索も、全て少年に探られていたのだ!
パオン=ミも、既に指に呪符を挟んでいた。
少年が、ほくそ笑む。
「待ってください……戦いませんよ。敵ではありません。それに、こんな猫じゃ、皆さんのガリアにはとうていかないっこありませんよ」
そう云って、少年は山猫めいた薄黒い縞模様の美しい猫を撫でた。猫が、眠そうに黄色い目を細める。
パオン=ミ、じっくりとレストをねめまわして、
「……まあ、よいわ。その猫……ガリアは、なんという? どのようなガリアか?」




