第2章 4-5 バグルス戦
アートが手甲を拳と拳で打ちつけた。
「猪は俺が押さえつける! バグルスをやっちまえ!!」
アートが両手に二枚の障壁を構え、主戦竜へつっこむ。角を振りかざし、大猪もアートへぶちかましを見舞う。うまく受け流しつつ、アートは大猪の突撃をかわし続けた。
主戦竜の背中から飛び下りたバグルスは、アートへ目もくれずにカンナと対峙した。まるで、カンナが最初から狙いだったかのように。カンナの緊張が跳ね上がる。
(バグルス……バグルス……倒す……バグルスは倒す……竜は殺す!!)
また、あの、自分ではどうにもできない殺意の渦に呑み込まれて行く。眼が見開いてくる。自分の鼓動で何も聴こえなくなる。奥歯が鳴る。頭が痛い。
背の高いバグルスはその青白い眼でカンナを睨み続けた。手が長く、折り曲げて拳で地面を支えている。上半身は大理石めいて白く木漏れ日を映している。下半身は羽毛のようなものに覆われている。尾が短い。面長で、額に短い角があった。白髪が、短く刈り上げられている。
カンナが歯を食いしばって力めば力むほど、黒剣の共鳴は急激に失せた。
「……ナルホド……マダ……ソンナテイドカ……オドロカセル……」
もごもごとバグルスが口をきく。そして剃刀のような牙をのぞかせて、ニヤリと笑った。カンナは恐怖と不気味さとわけの分からない憎しみで頭がいっぱいになり、そのまま叫び声を上げて剣を振りかざし、バグルスへ踊りかかった。
バグルスが長い腕を槍のように突き出す。アートの障壁が宙を踊って、それを防いだ。バグルスは次に左手をカンナへ向ける。カンナは懸命にその攻撃へ合わせて剣を振ったが、まるで距離が違っていた。黒剣が動いてくれない。
(……なんで!?)
ガリアはもう、自ら動くのをやめた。もう、その段階は過ぎた。カンナが自分の心身の一部として動かさなくてはならない。自分の手が勝手に動いたりはしない。障壁が飛び、その左手の攻撃も防いでくれる。
「こぉのっ、バァグルスウゥ!!」
両手持ちで振りかぶって、カンナは果敢にもバグルスへつっこむ。この勇気だけはカルマ級といえよう。間合いの長いバグルスは、懐に距離を詰めて戦うしかない。一撃でも当たれば、この黒剣の威力ならば致命傷になる。
だが、それをこのバグルスは待っていた。
最初の構えのように長い腕で体を支え、蹴爪で強烈な蹴りを見舞った。アートの障壁が瞬時に移動し、護らなかったらカンナの胴体が千切れていただろう。
それでも、カンナは衝撃で弾き飛ばされた。地面へ転がり、眼鏡がずれる。眼前に、小さな黄色い花が咲いていた。
「う……うう……」
バグルスの不敵で乾いた笑いが聴こえる。アートは、猛り狂う大猪の体当たりを防ぐので精一杯だった。
カンナは立ち上がり、再び黒剣を構えた。落ち着こう、落ち着こうと頭で考えても、バグルスのにやにやした面構えを見ている内に、どうしようもない衝動が血液の底の底から沸き上がってくる。血圧が上がるのか、ぼんやりとして苦しくなる。荒く息をつき、眼がかすむ。そのうちに、黒剣の稲妻も納まってしまう。
(なんで……さっきはうまく……共鳴……できたのに……)
まだ、カンナは自分と剣が共鳴していると思っている。沈黙する手元の黒い剣をみつめ、涙が出る。
「剣を見るな! ガリアじゃなく、相手を見ろ! ガリアなんかあると思うな! 戦うのはガリアじゃない、自分自身だぞ!」
突然、耳元でアートの声がして、身を震わせた。アートは虹色の障壁を楯として操り、大猪を森の奥へ誘導しようとしている。
クィーカのガリアだろう。音の玉がアートの言葉を飛ばしてくれた。
その一瞬の隙に、バグルスがその長い手を伸ばす。障壁が楯となって舞ったが、バグルスはなんとその障壁を両手で押さえつけた。光がほとばしり、バグルスの手も焼けるが、かまわず力任せにカンナから引き剥がす。そして、なんと! 肩の付け根よりもう二対の腕が出現し、四本腕となった。それが脇からカンナを襲う。カンナは片方の手を剣で振り払った。バチッと電気が走り、その爪を防いだが、もう片方の手ががっちりとカンナの脇へ食い込んだ。
かに見えたが、それはアートの楯が飛んできて護った。アートはもう木の陰になって見えない。振り返ると、クィーカが自分の分の楯を飛ばしたのだった。
「クィーカ、いいから、下がってて!」




