第1章 1-7 亡霊のいる村
そもそも、カンナは眼が悪いので、メガネをしていても星などぼんやりとしか見えない。それでも、これだけくっきりと粒が揃って見えるのだから、よほど空が透明なのだろう。
「ねえ、スティッキィ、見て……」
カンナがつぶやいたが、返事が無い。
「スティッキィ?」
スティッキィを見ると、星明りの下、膝を抱えてガタガタと震えている。カンナはスティッキィが寒けに襲われていると思い、おもわず身を寄せ、抱き寄せた。
「カンナちゃん……カンナちゃん……」
「寒いの? スティッキィ、もうちょっとがまんして……」
「いる……いる……」
様子がおかしい。
「なにが?」
「きてる……カンナちゃん……助けて……たくさん……きてるの……私が……殺した人も……含めて……」
「……!?」
カンナ、スティッキィが何を云っているのか、皆目見当がつかぬ。
じっさい、周囲を見ても誰もいないし、心の中のガリアが反応しないので、竜すらいない。
「スティッキィ、しっかりして! 何もいないよ!?」
スティッキィをゆさぶって、カンナが声を強める。スティッキィがやおら、カンナへ抱きつき返した。それが、凄まじい力だった。それだけ、怯えている。メストの超一流暗殺者であるスティッキィが。
「スティッキィ……」
カンナは困惑するばかりだ。
「連れてかれる……死の国に……連れてかれる……」
スティッキィは、まるで人が違ったようだった。
「しっかりして! 死の国なんか、無いから!」
とてもウガマール奥院宮で秘神官の修行を積んだ人間とは思えぬ言葉だった。
しかし、カンナは、そこでようやく気配を感じた。ガリアが、心の中で妙な共鳴を始める。竜なのか……? いや、竜のようで竜ではない。しかし、亡霊というのも、にわかに信じがたい。これまでに感じたことの無い共鳴だった。そして、それはとてもカンナを不快にさせた。
ビシュア! ゴラアア……!!
突如として雷鳴が鳴り響いた。季節によっては、この連山でも雷雲が立ちこめ、雷雨に襲われるが、いまはその季節ではない。それは、カンナのガリアが、その音だけを純粋にカンナの精神の奥底より発したのだった。
グアアッ……アアン……ガラァン……アアン……!!
音響が幾重にも谺し、鳴動した。初めて目の当たりにカンナのガリアの音を聴いたスティッキィは眼を丸くして、へたりと腰から砕けた。
「……消えた……」
スティッキィが不思議そうに周囲の暗がりを見渡した。あれだけ集まっていた気配が、全て消えた。霧散したといって良い。かき消えた。
「凄い……退魔の力……雷神……の……力……雷竜……の……」
スティッキィが生唾を飲み、カンナを凝視し続けた。
そこへ、街道の向こうより、本当に足音がする。これは、幻影でも幻聴でも無い。明かりも見える。これは鬼火ではない。
ランタンの明かりだった。
村から迎えが来たのだ!
パオン=ミを先頭に、担架を持った五人ほどの村人がカンナとスティッキィを迎えに来た。
「おお、生きておるようだのう」
無事に合流して、パオン=ミが気楽な声を出す。
スティッキィは安堵と不安が入り交じって声にならず、担架に横たえられ、毛布をかけられると気絶するように眠りに陥ってしまった。
そして、行列の最後をカンナとパオン=ミがついて歩いた。
「……さきほどの雷鳴は、其方か?」
パオン=ミ、声をひそめてカンナへ尋ねた。
「うん、まあ……」
カンナはうれしそうに答えようしたが、ズキンと頭痛がしたので、あまり大きな声は出ない。
「竜が出たか?」
「……いや、竜じゃないんだけど……」
カンナはスティッキィの言葉を伝えるかどうか、一瞬、迷った。流石に、亡霊がどうのでは現実味が無さすぎる。ましてパオン=ミは竜側の国の人間だ。かの国では、幽霊の類はどのように信じられているのかも分からない。
「では、何故あのような力を放った? ガリア遣いにでも襲われたか?」
「いや……そういうわけでもないけど……どうしたの?」
「いや、なに……」
パオン=ミも、少し迷っていたが、さらに声をひそめて、カンナへ耳打ちする。
「スーナー村は、亡霊に支配されておるぞ」
カンナ、メガネの下で眉をひそめ、絶句せざるを得ない。




