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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第5部「死の再生者」
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第1章 1-6 山岳に彷徨えるもの

 それにしても寒い。まるで冬に舞い戻ったようだ。もともと標高が高くなって気温が下がってきてはいたが、トロンバーでの極寒に比べるとそうでも無いと感じていた。しかし、慣れとは恐ろしいもので、今の気温に慣れてしまった身体と感覚では、とてつもなく寒い。寒く感じるのだ。


 雪がしんしんと降り注ぎ、気がつけば横になっているスティッキィが雪に埋もれてしまっていた。


 あわてて、雪を払い、声をかける。

 「スティッキィ、だいじょうぶ? 気をしっかり持って!」


 スティッキィが白い息と共に呻き声を発し、生きていると分かる。しかし、容体は悪くなっているようにも感じる。


 「どうしよう……」

 カンナは病人の世話などしたことがなく、困り果てた。


 「いや……来ないで……こないでえ……」

 この寒さに脂汗を浮かべ、スティッキィはうなされていた。

 カンナ、とにかく声をかける。


 「スティッキィ、起きて、夢を見てるの!?」

 「いや……あたしは……こんなところで……死にたくない……」

 「スティッキィ!!」


 スティッキィが大きく息を飲み、蒼い眼を開いた。カンナがほっとして、

 「スティッキィ、良かった。悪い夢を見たの?」


 スティッキィ、自分の状況が分からないふうで、周囲を恐怖の色を出した眼だけで見回し、カンナが心配そうに見下ろしているのに気づいて、ようやく泣きそうな顔となって安堵した。


 「……カンナちゃん……そばにいてくれたの……?」

 「いたよ……具合はどう? アタマ、痛くない?」


 スティッキィはしかし答えずに、横になったまま、再び首だけを回して周囲を確認する。


 「雪が降ってるんだ……ねえ、他に人はいなかった?」

 「ほかに?」


 カンナも、見回す。この数刻、誰も街道を通っていないはずだった。

 「いないよ?」

 「そうなの……?」


 スティッキィが怯えた眼で、再び周囲を見回す。荒涼とした岩だらけの山間街道で、雪が降りしきり、鳥すらおらず、生きているのは二人のみだった。


 スティッキィは体を起こした。カンナが心配したが、頭痛は少し和らいでいるようにも感じた。カンナが、水筒から水を飲ませた。


 「ありがと。ねえ……カンナちゃん……」


 スティッキィが深刻な表情で見つめてきたので、カンナは少々困惑し、次の言葉を待った。


 「幽霊って信じる?」

 「え?」

 「幽霊よ……人間の魂……」


 この時代、人々は古代帝国時代のような、人は死ぬと極楽へゆくとか、地獄へゆくとか、まして強い念を持った人間がこの世に魂のみの存在となって停まるとかの宗教観は持ち合わせておらず、どちらかというと人は死ぬと無になって、墓参りや葬式は形式上の慣習に近くなっていた。冥福を祈るという概念が希釈なので、このパウゲン街道のように、死者に敬意を払い死体を片づけるという行動も発生しない。


 それは、帝国以前の人間が神を自ら殺してしまったのだから、時が経つと当然の結果なのかもしれない。人は死ぬと無になるので、とうぜん、幽霊というものは神話の時代の物語の存在だった。


 しかし、ウガマールでは古代宗教の名残が色濃く残っており、まだ人々は魂の存在を信じている。


 「信じるっていうか……知ってる。ウガマールの神学校で習った……」

 「そうじゃなくて、ほんとうにそんなものがいると思う?」

 「いやあ……」


 カンナは、スティッキィがやおら、何を云っているのか分からなかった。


 「いるんじゃない? わたしは、見たことないけど」

 「そうよねえ……」

 「どうしたの?」

 「いや……」


 スティッキィ、膝を両腕で抱えて、黙りこんでしまった。


 「たくさんの死者に呼ばれた……パウゲンを超えたくても越えられなかった人たちの……」


 「ええ?」

 カンナは半笑いとなった。


 「悪い夢だと思うなあ。夕方までにはパオン=ミが、村の人たちを連れてきてくれるら。もう少し我慢して」


 「うん……」


 スティッキィ、ごうごうと鳴り渡る風の音が死者の国からの呼び声に聴こえ、耳を押さえた。こんな気分は、初めての経験だった。

 


 夕刻になってもパオン=ミは現れなかった。雪が止んできて、にわかに空が晴れ、星が見えてきた。標高が高く空気が澄んでいるので、余計にくっきりと星の粒が見える。カンナは、ここまでの道筋で星など見ている余裕も無かったので、改めてパウゲン連山で星を見上げた。トロンバーで見たカピイラ(オーロラのことである)も衝撃的だったが、この星々の群がり空を夜空を染めあげる様が、異様に感じた。

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