神々の黄昏 2-2 極秘対談
「藩立大学校の首席であったと、お聞きしましたが」
「専門は、医学と薬学でした……ダールとして目覚めねば、そのまま藩医にでもなっていたでしょう」
「薬学……どうりで」
黒竜は様々な学問や兵法を司るが、特に医の象徴だ。薬学の天才少女がダールとして発現するのも、いかにも黒竜の国らしいといえた。
「ですが、本当の専門は、毒物です」
やおらデリナが上目遣いとなり、口も耳まで裂けんばかりに三日月形に歪んで、楽しそうにそう云ったので、アーリーは驚きと不快の感情を思わず顔に出しそうになり、眼や頬が痒いふりをして、手で顔をぬぐった。
「毒ですか」
「はい。薄い毒は薬となり、濃い薬は毒となります。薬毒は表裏一体なのです。これは森羅万象の真理です」
「なるほど」
その言葉がよく理解できるほど、アーリーも知識と知恵を身につけていた。ダールとなる前であったら、呪文にしか聞こえなかっただろう。
「ところで、御用の向きは」
外は、吹雪いてきたようで、窓に雪と風の当たる音がする。暖炉の火が、煙突より吹きこむ風に煽られて、揺らめいて燃え上がった。
「アトギリス=ハーンウルムの、件でございます」
デリナの瞳が、闇の中へ落ちたように暗く窪んで見えた。
「かの国が何か」
「ご謀反の疑いあり」
自分の眼の色を見せず、かつアーリーの眼を覗くようにして、デリナは囁いた。
「謀反」
「そうです」
アーリーも、その炎色の眼を細めた。グルジュワンが何をどこまで掴んでいるのか、図りかねる。謀反というなら、このカンチュルクとて、グルジュワンからすれば謀反になるだろう。
「尋常ではありませんな」
「尋常ではありません」
「証拠は?」
「ありません」
「では、どうしようもない……」
アーリーは目を細めた。その、覗きこむようなデリナの眼が不快だった。
「証拠は、これからつかむのです」
「あなたが?」
「私と、アーリー殿で、です」
「ふうむ……」
アーリーは高い鼻から息を出し、唸った。
「どこから、その話を?」
「それは申せません。当然ながら」
「カンチュルクを、謀に巻きこもうと?」
「まさか。帝国のためです。ディスケル=スタル皇帝家の」
「愚問でしたな」
「いいえ」
アーリーはやや沈思し、お茶のお代わりを淹れるために立ち上がった。その挙動を、デリナが薄ら笑いを浮かべ、目で追う。
アーリーは思い切って、手持ちをぶつけることにした。
「そのお話……こちらでも、うすうす掴んでおります」
「やはり」
デリナが楽しそうに声を高めた。
「やはり、とは?」
「これはご無礼を。紫竜のダール、ガラネルをご存知ですか?」
「はい」
「あの者の動向を探っていれば、おのずと分かろうというもの。カンチュルクでも、うすうす掴んでいるのでは、とは、我が国の一致した見解です。それゆえ、私が特使として極秘裏に、まずはアーリー殿と接触を」
「なるほど」
それは買い被りだった。カンチュルクがアトギリス=ハーンウルムの思惑を知ったのは、別ルートだ。ガラネルなど、先輩ダールとして名前を聞いたことがあるだけだった。しかし、アーリーは、それを隠した。
「ですが、早急な話ではありますまい。我が国の一致した見解を隠すことなく申し上げれば、おそらく皇孫殿下が即位するころに、かの国は動くはず」
「如何様」




