仇討 5 秋風
「だれ?」
「知らないだろうね。そういうもんさ。あたい達の仕事ってえのは」
「誰なのよ!?」
「シュターク商会の奥様だよ」
「シュターク……の……?」
「そうさ」
クラリアが右手を動かした。また一つ滑車が現れ、音もなく回ると綱が伸び、オーレアの影の首へ絡まった。オーレア、歯を食いしばる。一気に引っ張られる。
「旦那様があんたに殺られて、おかしくなっちまった。ただでさえ、心労が祟って心が参ってたからね。……奥様は、あたいのいた孤児のふきだまりに、よく差し入れしてくれてさ。あたいはそれで生き延びたんだ……。奥様にとっちゃ、哀れみから来るただの自己満足だったかもしれないけどね。そんなのは、どうでもいいんだ。どうでもいいんだよ、オーレア……」
オーレアの首が、今にも千切れんばかりに折れ曲がった。
瞬間、オーレがその場で超高速行動へ入った!
二剣を合わせることなく!
影の綱をつけたままオーレアの身体が超高速で移動したものだから、クラリアごとガリアの綱が引っ張られ、クラリアはその勢いのまま豪快に建物の壁に叩きつけられた。
一撃で脳天が砕け、肉体もひしゃげ、即死である。
「ゲッ……」
照明のガリア遣いが驚く間もなく、オーレアの攻撃で袈裟から血をぶちまけて風圧に飛ばされ、転がった。
光が消える。
月明かりに、命からがら、オーレアが通常状態に戻る。
(なんとか……できた……!!)
オーレアも、極秘裏に二剣を合わせることなく超加速へ入る特訓をしていたのだった。まだ成功率は低かったが、この土壇場でできた。おかげで助かった。
喉を押さえ、咳きこんで、オーレアはよろめきながら街の闇へ紛れた。超高速行動へ入ったとたん、ガリアの力でオーレアの肉体はその超衝撃から護られる。その保護力で、強引にクラリアのガリアを引っ張ったのだが、さすがに無傷では済まなかった。喉も苦しいし、縛られていた手足も痛い。いま、この状態で街道に出ては危険だ。どこかで、少なくとも翌朝まで休まなくては。
オーレアは転がるようにその場を去った。
二人の死骸に、さっそく飢えた野犬が寄ってきた。
5
気がつくと、既に夜が明けていた。ここはどこだろう。オーレアは無意識に動物の巣めいた建物の隙間の穴倉へ潜りこみ、朝まで身を隠した自分をほめた。路地にそのまま倒れていたら、どうなっていたことか。
「イタ……」
手首に跡が残っている。クラリアのガリアの跡だ。喉にもあるのだろう。身体のあちこちに痛みが走ったが、動けないほどではない。また、昨夜よりかなり痛み自体もひいていた。これなら、ゴット村の関所でスターラ領さえ抜けてしまえば、なんとかパウゲンを越えられそうだ。パウゲン連山を越える山間街道を十日は歩くが、途中に集落もあるので休めるからだ。
周囲を気にしつつ、穴倉を抜け出る。どこかと思ったら、自分も見知っている歓楽街の端の通りだった。場末に近い。自分がいた穴は、建物の角が崩れてできた凹みのようなところを、木のごみ入れで隠したところだった。したがって、ごみ入れの後ろから出てきたことになる。自分でごみ入れをずらして、入ったのだろう。
早朝なので、逆にまだ店で遊んでいる者がいる通りを、フードをかぶり、素早く通り抜けた。
ふと、とある店の前を通ると、ちょうど売られてきたであろう少女たちが店の下男に連れられて、いまにも店に入るところだった。
珍しいのは、美しい金髪と蒼い眼をした、双子の少女だった。身なりもよい。
思わずオーレアも、足早に通り過ぎながらフードの奥から見やった。同じ顔をした双子だが、一人は勝気に目を吊り上げて顔を上げ、一人は鬱々として焦点も定まらぬ視線を足元へ投げている。
しかし、スターラではよくある光景だ。孤児出身でないだけ、これまでを思うと幸せでもあるし、これからを思うと不幸でもある。
まさか、この二人が、自分が主人を暗殺したせいで破綻したシュターク商会の娘たち、マレッティとスティッキィだとは、さすがのオーレアも、知る由もなかった。
オーレアは、正面を向き、街道へ急いだ。もう追手は現れないと思うが、油断はできない。急がなくては。
風が、秋の匂いがした。
マレッティがそれとは知らずオーレアを殺し、父親の仇を討つのは、六年後のことである。
短編「仇討」 了




