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ガリウスの救世者  作者: たぷから
短編「仇討」
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仇討 1-1 オーレア

 一人は、赤茶色のふわっとしたくせ毛をうなじで切りそろえている、筋肉質だが肉感的な、この世界の男性にも匹敵する体格の女性。名をオーレアという。歳は二十一。穏やかな性格と口調、そしてなによりこの体格が、良いところの出身であることを物語っている。この食糧難にあえぐスターラで、子供のころから、食事に困っていないからだ。


 一人は、対照的にあばらも見えるほど貧相な、背も子供ほどに小さい、薄い茶金髪を後ろでまとめた女性だった。顔も無表情に近く、いかにも陰鬱な、死んだ魚めいた眼の色をしている。スターラに山のようにいる、孤児の出身である。名をクラリアといい、歳は二十三だった。オーレアのほうが年下なのだ。生まれてからずっと食べるものに困る生活を続けた結果、今でも偏食で、太ることができない。しかも、クラリアは孤児へ便宜的につけられる名前なので、男女とも山のようにクラリアがいる。一種の呪われた名であり、長じて名前を変えてしまうものも多い。だが、自分で変名するのが面倒なので、このクラリアはずっとクラリアだった。


 「クラリアも泳いだらあ?」


 胸から腰まで、まるで古代の彫像のように完璧な肉体美を朝日に光らせ、水しぶきを上げるオーレアを、草むらへ腰かけたまま、クラリアはまるで異世界を見るかのように遠い眼で見つめていた。


 孤児の女は、見栄えが良ければ幼いころより娼館に住みこみで働いていずれは娼婦となり、運が良ければ高級娼婦となってそのまま有力者の愛人になることも夢ではない。ガリアが遣えるようになれば、このように暗殺者にも竜の狩人たる「フルト」にもなれる。そうでなくとも、ガリア遣いの組織で下働きができる。頭が良ければ、商家で使ってもらえなくもない。それはたいていは男の仕事なので、よほど運がよくなければ無理だが……前例がないわけではない。


 どっちにしろ、それらは、滅多にいるものではなかった。

 つまり、女の孤児は、奴隷として酷死か餓死か……ほとんど死ぬのだった。

 生きてこうして水浴びしているだけで、儲けものなのだ。


 したがって、オーレアへの嫉妬も疑問も何もなかった。虚無だ。虚無がクラリアを支配している。クラリアという名のほとんどの者が、心に何かしらの虚無を抱えている。


 「クラリア?」

 「あたいはいいよ」

 「ちがうわよ。しっかり洗いなさい」

 「臭いなんて気にしない」


 どうせ、『どぶ』で生きてきたから。それは口には出さなかった。きれい好きのオーレアとは、生まれから育ちから、性格から、何から何まで違う。それが、今は同じ暗殺者家業というのが、人生の面白いところだった。クラリアは、それだけが生きる面白さだった。


 「そうじゃなくて。臭いで相手に気づかれるかもよ? 暗殺する相手が、いつも下層や中層階級とは限らないでしょ?」


 クラリアが息をのむ。その発想はなかった。暗殺者と云ってもピンキリで、より階層の高い者、ガリア遣いならより強い者を殺すほうが、断然報酬も高いし、組織でも上に行ける。


 「さすが……オーレアだよ」

 クラリアは感嘆し、素直に水へ入った。

 冷たさと清浄さに慣れず、身震いする。

 


 街へ戻り、オーレアはクラリアと別れ、安アパートへ戻った。報酬は既に半分を前金で受け取っている。仮眠してから、「とある場所」で残りを受け取る。そのとき、次の依頼を受けるかもしれない。


 オーレアは、一人で生活する分には、まったく金に困っていなかった。暗殺者としても稼いでいたし、なにより生まれが良い。旧連合王国時代から続く元貴族の家系で、現在は没落し一族もバラバラになってしまったが、代々所領だった小さな農園があり、それをグラントローメラ商会へ売った金がまだたっぷりと残っていた。あまりにあるので持ち歩けず、某所に預けてある。貸金庫のようなものと思えばよい。千二百トリアンはくだらない額だった。中堅規模の商社の資産に匹敵し、個人で持つには、多すぎる額である。


 では、なぜ暗殺者などをやっているのか……?

 彼女は、仇討の相手を探している。

 


 仮眠し、夕方近くに起きたオーレアは空腹をおぼえ、行きつけの食堂へ出かけた。食糧事情の悪いスターラでも、夏から秋にかけては幾分かましだった。それでも、人々は竜を食べて飢えをしのいでいる。例えばサラティスやウガマールで普通に食べられている食材や料理は、上級階層の人間が金にまかせて食べるものだ。


 オーレアも、かなり古いガチガチの岩石みたいな黒パンや、豆など数えるほどしか入っていない薄いスープ、雑草めいた野菜くずの煮物、そして竜肉料理を食べられるようになった。農園育ちの彼女は、変な金属臭のする竜肉など、さいしょは食べ物ではないと思った。皮肉なことにその竜肉が栄養豊富で、なんとかスターラ人は生きている。


 なぜ、スターラの食糧事情がそこまで悪いのか。それは、ひとえに竜が農村を荒らすからだが、スターラではどういうわけかサラティスのような竜退治のガリア遣いが組織化されておらず、単発で竜を退治はするものの、主に暗殺ばかりやっているのだった。


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