死の舞踊 5-1 永遠の死の竜
梯子を下りきると、すぐドアがあって、明りが漏れている。隙間より覗くと、なんと、いきなりそのドアが向こうから開けられて、寄りかかっていたマレッティはつんのめって地下室へ躍りこんでしまった。
高級な大型のランタンが幾つも並べられており、燭台も多数あって、けっこう明るかった。そしてマレッティは、信じられない光景を見た。
「……トライン……さん……?」
大きな祭壇のようなものが設えられており、たくさんの蝋燭とかがり火があった。その前に、猿ぐつわに後ろでと両足を縛られたルーテが横になっている。周囲には、数人の男たちがいた。みな、店の人間だった。そして正面に、恐ろしい顔をしたトラインが立っている。
「マレッティさん、ようこそ!」
マレッティ、まだ事態がのみこめぬ。
「よもや、妻が、貴女のような凄腕の用心棒を連れ帰ってくるとは……想定外でした。しかし、予定は待ってくれません。今日が、その定められた儀式の日なのです」
「儀式って……」
「死の神、紫の竜神へ生贄を捧げる大事な日です。しかも、三年に一度の、特に大切な星祭の祭祀の日なのです」
「まさか……」
マレッティ、ようやく分かった。
「死の舞踊……トラインさん……あなたが……」
「そうです!」
トラインが大きな口を開け、両手を掲げてポーズをとった。
「わが主、紫竜のダール、ガラネル様よりラズィンバーグにおける祭祀を全て預かりし、司祭トラインである! いまここに、紫皇竜の星祭をとりしきる!」
もう、マレッティが動いている。
細身剣を抜いて、トラインへ突きかかる。
その前に、女が一人、立ちふさがった。歳の頃は二十代のはじめほどで、茶金髪に鋭い目つき、そばかすが多い。ストゥーリア人だ。見たことも無い女だった。こんなやつが、商会にいたか? そしてその手には、細い鉄の棒の武器があった。その片手持ちの鉄の棒から、鉤が飛び出ている。大十手だ。
それがマレッティの剣身をうまく挟みこむと、一気にひねって折り曲げようとしたので、マレッティもすかさず下がってそれを防いだ。
だが、その十手から風が吹いて、狭い室内を吹き抜けた。とたん、周囲にいた一人が悲鳴を上げて切り裂かれた。血が飛びちって、ひっくり返る。
「……ガリア遣い!」
見ると、マレッティの細身剣が、まるで人参でも切ったように、バラバラと五つにも六つにも裁断され、床に落ちた。
「雇われ? それとも、あんたも竜神教団の信者?」
女は答えなかった。殺気も見せずに、まるで人形めいて、無表情のままマレッティを睨む。
「メスト……ね」
女が少しだけ、反応した。目を細め、表情を読まれないようにした。知っているのか、という反応だ。ストゥーリアの裏社会を支配する、凄腕の暗殺者集団。それがメストだった。
マレッティの右手が、光った。そして、その手に、ガリア「円舞光輪剣」があった。
もっとも、この時はまだ、マレッティは自分のガリアに銘などつけていない。ただの光る剣としか、思っていなかった。
「殺せ、星祭に捧げる!」
トラインが叫んだ。
「ヌウア!」
女が動く。
「イェヤ!!」
マレッティも動いた。
小剣ほどの大きさの十手より目に見えない風の刃が吹き出るが、マレッティの光の輪がその風の軌道をゆがめ、空気の揺れとして目に見えるようにした。風を避けつつ、さらに光輪を飛ばす。
だが、これも、まだガリアに目覚めたばかりのマレッティは、数年後のように、何十、何百という光輪を出すことはできない。せいぜい、一度に、数個の光輪がほとばしり出るのみだった。
それでも、岩石をも切断する光輪だ。風の刃を相殺しつつ、壁に反射してあらぬ方向から十手遣いを襲う。そして、その軌道上にいる店の人間を一人、背中から輪切りにした。
肩から胸にかけてスライスされた男が悲鳴も無く崩れる。血が床を濡らした。
「いいぞ、いいぞ、血こそ生命の源、この流れる血が、永遠の死の竜を蘇らせる!」
トラインが昂奮して、わめいた。




