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ガリウスの救世者  作者: たぷから
短編「死の舞踊」
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死の舞踊 3-2 死竜教団

 周囲を見ても、誰も、そんな女など初めからいなかったかのごとく、店の人間も普通に立ち働いている。向こうのステージでは、楽団と歌手による音楽も始まった。


 マレッティは酔って幻覚でも見た気になって、忘れてしまった。



 それからほぼ半月は、家内の仕事が忙しく、ルーテは家から一歩も出なかった。また、誘拐の失敗が相手側にも伝わったようで、様子見か新たな手立ての準備をしていると考えられた。したがって、マレッティはゆっくりとトライン商会周辺から、ラズィンバーグ市内の地理情報を確認できた。


 そしてマレッティは、最初に入った酒場の隅の席が、定位置になっていた。ここはトライン商会の人間もよく来るので、いざというときにすぐ呼びに行くことができ、トラインからもここ以外はなるべく行かないように念を押されている。


 生まれてよりほとんど同じものしか口にできないストゥーリアの貧民層は、そのまま長じても同じものしか口にできない極度の偏食になる場合が多い。栄養状態が悪いので、大人でも体格が子供並みに小さい。ストゥーリアでは、男も女も、だいたい大きい者か小さい者しかいない。金持ちかそうでないかだ。


 マレッティは、珍しく中間と云えた。幼いころは中堅商会のお嬢様として何不自由なく暮らせたが、十三からは猫の餌みたいな食事がメインとなった。それでも食えるだけましなのが、ストゥーリアの恐ろしさだった。そして、ちょうど成長期であったため、体格のほうはそこで成長がほぼ止まった。その代わり、仕事柄か、普通の娘より二次性徴が発達した感がある。つまり、少女っぽい雰囲気に大人の肉感という、ちょっとこの世界では変わった娘になってる。


 ストゥーリア人でも、もっと北方人種を先祖に持つマレッティの濃い金髪と白く薄い肌、天空の泉めいた蒼い瞳は、ラズィンバーグでは目立った。それが、不思議な雰囲気に彩られた美しさと、切なげな影、それに似合わぬ豊満な身体を持っているので、楽団が踊り子としてスカウトしたくらいだ。


 また、よくトライン商会の人間が、

 「先生、どうも……」

 「おばんです、先生……」


 などと笑顔であいさつするので、居酒屋のほうでもすっかり「美人先生」「金髪先生」などというあだ名をつけ、若いが凄腕の剣士ということで通っていた。しかし、ガリア遣いであることは、マレッティは隠していた。これは、ここでは奥の手のような気がして仕方がなかったのだ。


 そんなある夜、いつも通り見回りを終えて戻り、野鳥肉の塩串焼きで地エールをひっかけていたマレッティへ、一人の男が近づいてきた。マレッティが油断なく青い眼を向けると、男がさすがにひるんだ。


 男はこの店の主人、マイネルだった。四十歳の男盛りで、もちろん、マレッティへ色目を使うという目的ではない。周辺諸部族の出身らしく、薄褐色の肌に黒髪で、眼が薄緑色をしている。ルーテと同じというわけだが、色合いや顔かたちが微妙に違う。スネア族ではないのだろう。いったい、いくつの少数部族があるのか、マレッティには見当もつかなかったし興味も無かったが。


 「せ、先生、そんなおっかねえ目でにらまねえで……」

 「ごめえん」

 「ちょいと、いいですかい?」


 店はまだすいていたので、主人も暇なのだろう。そう思った。

 「ご自由に」

 「それでは失礼を」


 マイネルが椅子へ座り、肘をついて顔を近づけ、声を潜めた。

 「先生は余所者(ヨソモノ)なんで知らねえでしょうが、気をつけてもらいてえことが」


 ローカルルールというのはどこにでもある。マレッティはむしろ、この短期間でそういう情報を向こうから教えてくれるほどになっているのかと、自分の立場に驚いた。特に、何もしていないのに。


 「なあに?」

 「さいきん、妙な結社が入りこんでましてね」

 「結社?」

 「秘密組織ですよ……」


 マイネルの声がさらに低くなり、後ろの、従業員ですら気にしているそぶりをみせたので、マレッティもさすがに声を潜めた。


 「犯罪集団ってこと?」

 「犯罪と云や犯罪なんですがね、宗教に近いんでさあ」

 「宗教……」


 マレッティの顔がきょとんとなった。無理もない、古代帝国が滅び、連合王国も滅んだ今、宗教という概念はかつて聖都といわれた古代宗教都市ウガマール以外では、ほぼ壊滅している。墓を拝んだり神に祈ったりはするが、宗教というより慣習のようなものになっている。


 「竜の国から来た、死の教派ってやつで、ちょいと厄介で」


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