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ガリウスの救世者  作者: たぷから
短編「死の舞踊」
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死の舞踊 3-1 黒衣の女

 マレッティの言葉は、セリーノを殺せというのなら殺すという意味だ。それは、さすがにまだトラインも躊躇しているようだった。ルーテも、哀しそうに顔を伏せる。


 「ま、別にいいですけど」

 「す、すみません。当面は護衛のみで。報酬は、手付けに十、月に十カスタで」


 「月額十カスタ!」

 「す、少ないですか!」

 トラインがうろたえた。


 「では、十五では」

 「十五!」

 「二十、二十でどうかお願いします……!」


 さすがにそれ以上は法外を超えて暴利だ。マレッティは動悸を押さえながら、右手を挙げた。もう結構という意味だ。声がでない。


 「ありがとうございます!!」


 すぐさま契約書が用意され、マレッティはルーテがどうしても用事で外へ出る際の護衛と、商会周辺の見回り、さらには怪しい使用人の極秘身辺調査を月二十カスタで行うこととなった。


 「家は、この建物へ住みこみを。裏通りに、よい酒場もたくさんございます。うちへツケてくださってけっこうですよ」


 「い、いいえ、既にたっぷりもらっておりますので、それくらいは、自分で……」

 「遠慮なさらずに」

 「い、いえ、大丈夫です。ほんとうにけっこうです」

 マレッティ、恐ろしくなってきた。


 

 3

 

 その日、昼食を馳走になって、午後よりフード姿で周辺をぶらりと一回りして道や建物、店などを覚えようとしたが、あまりに複雑かつ煩雑な街の造りで、覚えきれなかった。とにかく高低差がすごく、建物を貫く階段だらけで、三次元迷路だった。ストゥーリアの裏町も複雑だったが、あくまで二次元だ。これは、数日かけて覚える必要があるだろう。いちおう街の地図をもらったが、ちんぷんかんぷんだった。半日で疲れ、そこらの居酒屋へ入る。労働者の大半は街の外の集合住宅地めいた村や小町で暮らしており、夜に市内の居酒屋で飯を食うのは、金持ちの証拠だ。役人や、商家の番頭クラス、職人の親方、衛視の隊長クラス、そして娼婦や踊り子、歌手、器楽奏者などが集まる。


 十三から裏世界で生きているマレッティ、酒が強い。片隅のテーブルで、隠れるようにして、サラティスワインを水のようにのむ。料理は、ストゥーリアに比べたら信じられぬほどに美味い。いろいろな野鳥をふくめた鳥肉の焼き物や煮物が主だった。ラズィンバーグは牧畜というより、周囲が深い高原と山間なのでとにかく鳥が多く、肉といえば鳥だ。昼にトラインの家で馳走になったが、豚や牛の肉は、ほとんどバソからの加工品で、最高級品だった。パンは、そうでも無い。とにかくこの世界、めしがうまいのはサラティスだ。


 何の鳥かはよく分からないが、パウゲン連山を越える大きな渡り鳥の肉の塩味の焼き物は美味だった。ワインやエールが進む。


 「だけど……」

 マレッティ、正直、納得がゆかない。


 あれだけ他人に股を開いて、幸い、堕胎するまでには至らなかったが、一回、知らぬ間に妊娠初期で流産し、その後は月の物を遅らせたり止めたりする危険な薬を飲み続け、情緒不安定に拍車をかけ続けた。まさに命を懸けて働いてきたのに、あんな後妻を護衛するだけで既に五十、今後は月に二十カスタも貰えるとは。初めて客をとる水揚げの日ですら、競りのうえ御祝儀で四十トリアンだった。人の命を護ったり奪ったりで、そんなに稼げるとは。ガリア遣いになったおかげで、人生がすっかり変わってしまった。あのままガリアに目覚めなかったらと思うと、血の気が下がって気絶しそうになる。


 「スターラで、暗殺者にでもなれば良かったかしら」


 スターラとは、スターラ語でストゥーリアのことである。マレッティ、酔いもあって思わずスターラ語が出ていた。


 「いやあ、やっぱりあそこに残るのはまずいわねえ。こっちにきて、正解だったわあ。家族を二人も殺したもんねえ。店からも逃げ出したしねえ」


 「そなた、スターラから来たのかえ?」

 「ええ!?」


 ちょっともの云いの変わったスターラ語で話しかけられ、マレッティは振り向いた。目が据わっており、よく見えないが、背の大きな女だった。ストゥーリアでも、女でこれほど大きいのはめったにいない。十八キュルト、すなわち一八〇センチ少々はあろうか。真っ黒なマント姿で、ぼんやりとしたランタンの逆光で顔がよく見えなかった。後ろで結んでいる長い黒髪が、波うっている。


 「どなた?」


 女が、マレッティの前の席へ勝手に座った。それでも顔がよく見えない。まるで顔だけ闇のようだ。マレッティが目をこすった。


 「きれいな髪と眼よの……それに、強いガリアの匂いがするわえ。めざめたばかりの、みずみずしいガリアと、こびりついた血の臭いが……」


 「だれなの?」

 「気に入ったわえ。また、会おうぞ」

 気がつくと、大女はいなくなっていた。


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