死の舞踊 2-3 トライン商会の事情
「お口にあいましたか……ウガマールの、奥院宮にも納入している特別な農園で作られた豆です。ま、それはそうと……」
トラインが改まって襟を正す。ルーテはうつむいて顔を上げなかった。
「お気づきやもしれませんが、これは後妻で……先のは病で五年前に死にました。ルーテは店で一番売り上げの多かった子で、面倒みもよく、なにより計算が得意で……スネア族の出でしたが、後添えに入ってもらいました。それに、その……息子が反発しましてな。ルーテの前で云うのもなんなのですが、スネア族というのは、その……」
トラインが言葉を濁す。マレッティはストゥーリアから出たことが無かったので、その『なんとか族』がどうなのか、まるで知らない。
そんなマレッティを観て、トラインが意を決した。
「竜の国とつながっているとも噂される、あまり、評判のよくない部族でして」
トラインが、禿頭から続く額の汗をふいた。
「へえ……竜とですか」
「そうなのです」
「商売で?」
「ま、いろいろと……」
「でも、全部がそんなわけではないのでしょう?」
「もちろんです、そのとおりです!」
ルーテも顔を上げ、トラインと見合った。
「一部のものが、いろいろと手広くやっているのです。昔から、そういう部族でして、色目を使わないというか、戦になったら両方に武器を売るというか、そういう商売をするものでして、周辺諸部族や、都市政府とあまりうまくいってないもので……」
「そういう商人は、ストゥーリアにもいますよ。たしかに好かれませんが、商いの王道ともいえます。実利主義ですよ」
はあ……と感嘆して、二人がマレッティをみつめた。マレッティは余計なことを口走ったと思い、咳払いをした。商家のお嬢様風を吹かせ、孤児出身の先輩娼婦たちにどれだけいじめられたことか。
しかしここでは、ちがった。
「どのような事情がおありか存じませんが……ストゥーリアでは、名のあるお店にいたのでございましょう。それが、見目麗しく妙齢の放浪一人旅とは……どうか、遠慮なくここにしばらく逗留なさってください」
マレッティ、尻がむず痒くなってきた。
「あなた、お話が……」
「あ、ああ。すまん」
トラインがコーヒーを飲み干した。
「……それで、息子めが、ルーテのやつを殺すか、誘拐して売りとばすか、ついにそのような手に出てきているのです。今回もあやうく……」
なんとも、物騒な親子の諍いとは。マレッティは呆れた。
(だけど……)
そこまでするものかしら……とも思ったが、この財産だ。いきなり元売り子の『なんとか族』に店を牛耳られるのでは、息子もいたたまれないだろう。
「都市政府へ訴えは?」
「動いてもらえません」
「賄賂を払っても?」
「払っても、動ける事案と動けない事案がございまして」
「と、云うと?」
「せがれめ……セリーノと申しますが……セリーノめもたっぷりと都市警備部へ金を渡しているのと、せがれはスネア族と対抗しているホールン族を使っておりましてな」
「ホールン族?」
今日のあの誘拐犯が、そうなのだろうか。普通のサラティス系ラズィンバーグ人に見えたが。
「それは、あのホールン川と関係が?」
「そうです、古くはホールン川周辺に住んでいたそうです」
「そのホールン族が、息子さんに?」
「そうなのです。それで、部族同士の諍いに、あまり都市政府は顔をつっこまないのがしきたりで」
「じゃあ、部族間の問題になっているのでは、スネア族の偉い人に助けは?」
「部族間の問題にせぬよう、上同士で話がついたそうでございます」
「はあ……」
つまり、都市政府では部族間抗争と認定し、手を出さない。部族間では、関係ないとしている。完全に、面倒くさがられている。
「つまり、身内の諍いは身内で処理しろと」
「そういうことでございます」
「私は、護衛だけでよいのですか?」
トラインが息をのんだ。




