死の舞踊 2-2 トライン商会
初老の禿頭を優しげに見つめるルーテの顔が、慈愛にみちてまるで母親のようだったので、マレッティは意外な顔つきになった。てっきり財産目当ての結婚だと思っていた。
(ま、あのていどのうわっ面ができないと、後妻でこんなりっぱな店をきりもみできないでしょうねえ)
そう考え、改めて店の中を見渡す。鉄格子付きの棚の中に、ずらりとサファイア、ルビー、エメラルド、琥珀、トパーズ、瑪瑙、翡翠、水晶、孔雀石……その他の宝石の原石や、金銀による加工宝飾品が並んでいる。奥の部屋にはもっと豪勢なものが隠されているだろう。ウガマール産の巨大真珠もあった。真珠は養殖技術がないので、とんでもない高額で取引される。ただし、この世界、ダイヤモンドの研磨技術もなく、ダイヤは宝石として認められていない。
(すっごおい……)
マレッティは素直に感嘆した。ざっと見積もって数万トリアンの品々だ。売り上げも相当だろう。確かにこれでは、五十トリアンなど、ルーテの小遣いで出せるかもしれない。
「あの、奥様、こちらのお嬢様は?」
お嬢様などと数年ぶりに呼ばれたマレッティ、皮肉に聞こえて口元がひきつった。
「あなた、立って……命の恩人よ。みんなも。マレッティよ。こちらの方が、助けてくれたの」
一同が驚きと懐疑の眼差しを向ける。無理もない。
「ちょっと、ストゥーリアで、剣術をやってまして、たまたま……」
ストゥーリアは武術都市としても知られており、実際にルーテが助けられたのだから、そう云われると疑う者はいなかった。
「そうですか!!」
主人のトライン(二代目)が勢いよく立ち上がって、マレッティの手をとった。
「有り難や……よくもまあ……偶然とはいえ……本当によく……」
感極まり言葉もない。
「あなた、しばらく、私の護衛をしていただけることに……四十カスタで」
「四十カスタですって!?」
ほらきた、まけろってか? そうはいかないわよ、などと思ったマレッティだったが、
「四十カスタなど、謝礼としてお受け取りください。妻の護衛は、別途ご相談を。はずませていただきますよ」
ときた。
「へ?」
「さ、さ、奥へ……詳しい話は、そこで」
マレッティは奥の部屋へ入った。狭く暗い通路を通り、建物の裏手側にある部屋だった。余り大きくないが豪奢な装飾に飾られており、天窓が大きく明るかった。壁に窓を造っても路地が狭く隣の建物と近いので、明かりが取れないので天窓を作るのだという。
マレッティは丁重に扱われ、小さいが高級木による一枚彫りのテーブルの上座に座らされた。すぐさま、熱い上等のウガマールコーヒーと蜂蜜菓子が出る。
「まずは御礼を」
トラインが革袋に、サラティス金貨四十枚をこともなく用意し、マレッティの前へ置いた。
「は、はい……」
マレッティ、度肝を抜かれ、しばらくその革袋をみつめてしまった。
「どうしました」
「い、いえ……では」
手にとるが、あまりの重さにひるんだ。そのまま、少し引きずるようにして手元へ引き寄せ、背負い鞄へ入れる。が、入らない。無理やり突っこんで、使い古した木綿生地の鞄が破けた。
さすがにマレッティ、赤面して汗が出る。
「あなた……」
「鞄など、うちでご用意を。おい」
すぐさま、超高級竜鞣革の、質実剛健とした背負い鞄が出てきた。豪商の隊商で使うようなものだ。この鞄だけで二十カスタはするのではないか? マレッティは、こんな金銭感覚を久しぶりに味わった。
「た、たしかに……受け取りました」
「で、妻の護衛の件ですが」
「はい、詳細を」
「これは……商会の恥なので、他言無用に願います」
「もちろんです」
「とは云いましても、仲間うちには知れ渡っていますがね……」
苦く笑って、トレインがコーヒーをあおる。
「あ、どうぞ、お飲みに」
「はい、どうも……いただきます」
マレッティもコーヒーを口にする。こんな上等なコーヒーも、数年ぶりに口にした。蜂蜜菓子もだ。思わず、ため息が出た。眼が潤む。




