死の舞踊 2-1 ルーテ
しかし、女め、顔色ひとつ変えずに、
「ト、トリアンは両替しないと……」
「ラズィンバーグは、サラティスカスタだっけ?」
「はい」
「相場がわかんないわ」
「い、今でしたら、三十八カスタほどです……四十カスタをご用意します!」
マレッティはふっかけたついでにカマをかけたのだが、スラスラと両替したところを見ると、どうも、少なくとも本当に商家の人間のようだ。しかも、本当に単なる用心棒に五十トリアンは法外もよいところで、竜退治や暗殺に匹敵する値段なのだ。それも、すっぱり払うという。
(ま、期待しないで……やってみようかな)
どっちにしろ仕事はしないと、生きてゆけない。そのうちサラティスで竜でも退治しようと思ってはいたが、半年ほどは隠れ住まなくてはならないのだ。四十カスタもあれば、余裕で身を隠せる。
「いいわよ。じゃ、行きましょ」
「あ、ありがとうございます!!」
女が泣き笑顔で立ち上がった。
マレッティも、フードをとった。濃い金髪と、どこか陰のある痩せ気味の美しい顔が出てきて、女が見とれた。
「マレッティよ」
「ルーテです……」
「契約書は、後で用意してもらうから」
「もちろんです。……もしかして、ご商家のかた?」
確かに高額報酬だが、ちゃんと契約書のことを最初に確認したので、ルーテは何気なくそう尋ねたのだが、マレッティは顔を歪め、すぐフードへ顔を隠すと、無言で先を歩いた。ルーテも何事か察して、同じくフードを深くかぶると、無言で後に続いた。
2
とうぜん、マレッティはラズィンバーグを初めて訪れた。一種の山城都市で、なだらかな山の中腹に忽然と巨大な石垣があり、石垣で仕切られた狭い台地へ、数階建ての建物が乱雑に積み重なっている。大きいものは、十階建ての規模があって、さらに塔が立ち並んでいる。
出入り口は石垣の下部にあって、関所になっている。マレッティは、ストゥーリア側のパウゲン横断街道への出入り口であるゴット村で得た通行許可証を見せ、ルーテが一緒にいたこともあり、割とすんなり入国許可を得た。
石垣の内部は、いわば地下空間となって、そこにも人がひしめきあい、アリめいて住んでいる。
古代帝国よりの技術が継承され、この空中土地ともいえる街は井戸ではなく上水道が完備され、パウゲン連山から続く山裾の清水を幾重にも集めている、また下水も完備されており、巨大な浄化槽がいくつも山裾下の街の外に作られ、さらに工業排水と生活排水は厳密に分けられていた。
石垣内部の、幅の広い急な階段を上り、地上へ出ると、そこはマレッティが見たこともないほど建物が密集し、人間がうごめいていた。今の階段を、朝夕に出勤退勤の市民が大量に移動するのである。
「どうぞ、こちらへ」
午前中の街中は、活気に満ちていた。人々はほとんどすべて職人と商人であり、ストゥーリアでいうところの商業区と工業区が一緒くたになった状態だった。ストゥーリアのほうが人口は数倍は多いが、城壁を撤去し拡張を続けるストゥーリアに比べ、人口密度でいえばこちらが数倍は多い。
マレッティ、ルーテの後を歩き、人ごみをかきわけるが、まるで祭だ。もう、どの方向へ向かって歩いているのかわからない。住民は山の斜面がそびえたって見えるほうで方角を決めているというが、建物が密集して山などどこにも見えない。
「こっちへ、どうぞ」
ルーテの声も雑踏に紛れる。マレッティは面倒くさくなって、もうかまわないではぐれてしまおうかと思ったが、それはルーテがさせなかった。
「さあ、こっちへ」
しっかりとマレッティの右手をつかみ、誘導する。すぐに、表通りに面した一等地に派手な看板を構える店が目に入り、手をひかれるままにマレッティはそこへ入った。ラズィンバーグで一、二を争う宝石加工卸販売、トライン商会だ。
「あっ、奥様!!」
使用人たちが驚愕してルーテを出迎えた。
「旦那様、奥様がお戻りに!!」
奥より、初老の男がよろめきながら飛んできた。サラティス人のように見えた。焦燥しきった顔が引きつっている。
「ルーテ!!」
抱きつきざま、膝から崩れて泣き出した。
「よかった……一時はどうなるかと……よかった……!」




