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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第1部「轟鳴の救世者」
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第2章 3-3 湯屋

 数日前、カルマと勝手に決別した森の前の草原を通り、城壁近くの建物に近づいた。釜からの煙が常に煙突より立ちのぼっている。サラティスの銭湯は、全て交易で運ばれてくる北方の石炭を使っていた。城壁内の木々を伐採することは固く禁じられている。都市の周囲は森まで遠く危険で、柴ならまだしも、薪も石炭も値段は余り変わらず、石炭の方が熱量が高く経済的だった。


 湯代はカスタ金貨の千分の一の価値を持つネルト銅貨が十枚、つまり十ネルト。高いか安いかというと、かなり安い。バスクの特権の一つだった。水は豊富だが石炭が貴重なので、市民は五十から七十ネルトを払っている。


 ちなみに、サラティスでは銀貨が無い。半カスタ(五百ネルト)金貨と、そのさらに半分の小カスタ(二百五十ネルト)金貨が銀貨の代わりをしている。二百五十ネルトまでは、五十ネルトの価値がある銅の棒銭を利用していた。食料品など物価の値段も高めだが、何せバスクたちが湯水のように消費するので、意外に都市住民の収入は高い。そして高い税として政府に回収される。主経済が完全に竜退治で回っており、サラティスが「バスクの街」と呼ばれる所以の一つである。


 またサラティス政府の豊富な資金は、ウガマールの農畜産品や綿麻織物製品、各種嗜好品、ストゥーリアの鉱物資源や毛織物、畜産品、ラズィンバーグの工業製品、工芸品や重貴金属等々の交易中継地としての莫大な関税収入でも支えられている。


 番台でダラ銭を払い、カンナはタオルを貸してもらって、中に入った。かなり空いている。昔は市内にもっとバスクがいて、それへ合わせて大浴場を作ったが、ここ数年はバスク不足で空いているのだそうだ。経営は、都市直営なので問題なし。


 五十人はゆうに入れる浴場に、十人ほどのバスクがゆっくりと心身を休めていた。洗い場でかけ湯をし、タオルでウガマール産の石鹸をつかい身体と髪を洗うと、見えない眼を細めて恐る恐る湯に入る。


 「あぁふぇぁあうぇ」

 変な声が出た。


 湯気とぼやけた風景と、熱気と開け放たれた窓から入る風が心地よく、カンナはたちまち忘我状態になった。


 どれだけ湯に浸かっていただろうか。ふと滴の落ちる天井を見ると、大きな染みが動いて見えた。のぼせたかと思ったが、一人の太った髪の短いバスクが裸のまま、何かを叫んでガリアの円盤を投げつけたので竜だと分かった。二十キュルトほどのトカゲみたいな竜が、逆さまに天井へ張りついていた。


 「チクショウッ、逃げられたよ!」

 「なんだって風呂にまで竜が……」

 「見たことも無いやつだ。斥候竜の一種だよ」

 どうでもよかった。


 眼をつむって、さらに湯にひたる。

 「……さ、す、が、カルマともなると、肝がすわってますねえ」

 「うぇあああい!」


 蓮っ葉な声が耳元で囁かれ、思わず立ち上がって振り返ると、いつのまにか自分と同じ年頃の雰囲気のバスクが湯の中にいた。見えないので目を細める。


 「まあまあ、そう驚かないで」


 腕をひっぱられ、また胸まで湯に浸かる。顔がよく見えないが、小顔に黒髪、丸い眼にカンナに似た薄い翠の瞳が不思議な人種だった。睫毛が長い。


 「だ、だれ!?」


 「拙者はラズィンバーグ近郊、スネア族出身のマラカといいます。歳は十五、可能性は57、モクスルのバスクです。カ、ル、マ、のカンナどの」


 「なっ、なんで……」


 シャ、シャ、シャ……と妙な笑い声を出し、楽しそうにマラカはカンナへよく日に焼けたそばかすの多い顔を近づけた。


 「よっく顔を見て覚えてくださいよ。これから色々とお仕事いっしょにしますので」


 「ち、近い、近いです……。なんですか、仕事って。わたしはいま、ちがうモクスルの人と……」


 「アートどのでしょ? いい人と知り合いましたね。可能性は少ないですが、あの人はいいバスクですよ。知り合ったのは、偶然でしょうかね」


 何を云いたいのか、さっぱり意味が分からない。カンナはもう湯から出ようとしたが、マラカががっちりとカンナの腕をつかんだ。


 「ちょっと、放してください。わたし、あなたに用なんかありません」

 「カンナどのにはなくとも、拙者にはあ、る、ん、です」

 「にやにやするのやめてください」


 「カンナどのにお話が。ここだと人も少ないし……なにより裸と裸のおつきあい。余計なものは寸鉄ひとつ、持っていません。お互い、身一つ。信頼の証です。これは、重大なお話なんです」


 「勿体ぶってないで。わたし、頭が悪いから、回りくどい話は苦手なんです」

 「そいつはどうも……では遠慮なく」

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