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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第4部「薄氷の守護者」
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第3章 4-2 クレバス

 が、スティッキィにも、既に雪花竜と兵卒バグルスの追手が迫っていた。


 マレッティと同程度の力を持つスティッキィであるから、勝機はむしろあるといえる。しかし、スティッキィはほとんど竜と戦ったことがない。ましてバグルスなど、話に聞くだけだった。


 周到に情報を収集しているボルトニヤンは、そこを突くよう、兵卒バグルスへ指示を出している。



 カンナとて、周囲へ群がる竜どもをただ倒してゆくだけではいずれ息が上がり、やられると思った。


 なにより、シードリィだ。真の相手は、それしかいない。その前に、心身の疲労を蓄積してはだめだ。


 だが、竜はとめどなくカンナへ襲いかかってくる。山間から移動するも、足元が悪く距離は稼げない。雪原竜を既に十近くは倒し、毛長は三十近くを吹き飛ばしたろう。上空を舞って常に位置を知らせる飛竜も、音響衝撃と雷撃で十以上は落とした気がする。


 竜はバグルスに率いられ、闇雲にカンナを襲っていない。自らの命を引き換えに、確実にカンナの精神的疲労と、竜軍へ有利な位置への囲いこみを行っている。


 「ハア……ハア……うわっ」


 ゆるやかな斜面を下りつつ走っていたカンナ、片足が雪庇(せっぴ)を踏み抜いて、腿近くまで埋まって転ぶ。そこを、凶氷竜が毒液を吐きつけながら大きく跳躍して襲いかかった。


 バズゥア! 爆音と炸裂音が同時に轟き、空中で恐氷竜はひっくり返ってカンナを飛び越し、雪に埋もれつつ斜面を滑り落ちる。黒剣を片手に、冷たい汗が全身を濡らしつくしていた。精神よりもまず肉体的な疲労がカンナをむしばむ。


 カンナはその隙に脱出しようともがいたが、脆くなった雪庇(せっぴ)が一気に崩れ、そのまま下へ落ちてしまった。そこを一頭の雪原竜が襲い、雪を掘り返したが、既にカンナの姿はない。さまざまな竜が続々と集結し、カンナの消えたあたりを掘り返したが、地面まで掘り進んでも、カンナはいなかった。ちょうど洞穴の裂け目のようになっている部分へ、すっぽり落ちて行ってしまったようだった。においをかぎ、岩の裂け目へ爪をかけるが、サラティスの土潜竜(どせんりゅう)ならまだしも、北方竜にこの岩まじりの地面を強力に掘り進める種はいなかった。


 「やめろ!」


 竜を従える独特の音声を伴って現れたのは、シードリィだった。主戦竜たちが静かに下がる。


 雪の上を歩いて近づくと、シードリィは岩の裂け目を覗いた。そして竜へ何か指示をすると、その裂け目へ足元より飛び降りた。



 ボン、ボン、ドン! バァン! 炸裂音が洞穴内に何重にも響いて、冬眠していたコウモリの大群を驚かせる。これは岩肌よりカンナを護るため、ガリアすなわち雷紋黒曜共鳴剣(らいもんこくようきょうめいけん)が自ら音響をクッションとして発したものだった。これがなくば、カンナは全身骨折と頭部強打で即死していただろう。それほどの距離を、転げ落ちた。そして最後は、三百キュルトほどの高さより氷筍(ひょうじゅん)と鍾乳石の集まる上に落ちた。すわ串刺しかというところで、それまでで最も大きな爆発が起き、カンナを持ち上げ、けっきょく最後はふわりと地面へおろした。


 「う、う……」


 目を回し、首の後ろをおさえる。衝撃波のクッションで守られたとはいえ、はるか上方には日の光すら見えない高さより地下洞穴を落ちてきたのだ。無傷ではすまない。


 「いた……痛い……いた……」


 ほとんどずり落ちていたが、眼鏡が無事なのが助かった。顔をしかめて全身をさする。打撲程度で済んでいるのが奇跡だと思った。すべて、ガリアの力だった。


 しかし、洞穴内は真っ暗闇だ。黒剣の鈍い蛍光が、周囲を照らすのみだった。よろめきながら立ち上がって慎重に確認する。いわゆる鍾乳洞穴だった。カンナは知るよしもないが、大昔、トローメラ山が噴火してできたものだろう。とにかく出口だ。


 と、カンナ、頬へ風を感じた。空気が流れている。本能的に、出口があると察して、そちらへ歩き出した。


 それは正解で、遠くに光が見えた。少なくとも、穴が開いている。


 木製のかんじきは既に足よりぶっとんで失われていたが、冬用のブーツは滑り止めがついているので、湿った岩も歩くことができた。氷の合間に、水が流れているところもあった。道なき道を、なんとか進み続ける。静寂の中に、水滴の落ちる音、そして細かな生き物の蠢く微かな音がする。気のせいか、地上よりほんの少しだけ暖かい。カンナは電光と蛍光をぼんやりと発する黒剣を松明がわりに、ゆっくりと光源へ向かって歩いた。あまり長く歩いていないと感じたが、実際はどれほど歩いたかはわからない。


 わからないが、その光がいっこうに強く、大きくならないことがわかってくると、ますます感覚が狂ってきた。


 「そんなに……遠いかな……」


 そのわりには、やけにはっきりと見える。遠いのであれば、岩などの陰になって見えなくなることもあると思うのだが。


 そして、外から差しこんでいるとばかり思っていた光が、白く燃える火だとわかったとき、カンナは何かに膝からぶつかって転びかけた。柔らかい感触と、人の形。誰かいる!


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