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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第4部「薄氷の守護者」
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第3章 1-3 曲がる樹

 やはり返事を求めていないことに気づき、カンナはうなずくだけにした。乾パンと干し肉に白湯(さゆ)の糧食をとりつつ、いっそ、そのように一人で延々としゃべっている。


 それにしても、である。


 スティッキィも含めて、この四人は全員「メスト」の暗殺者であるはずだった。残る三人は、無口を極め、いかにも暗殺者然としているが、このような喧しい暗殺者というものは、役に立つのだろうか。


 (いや、きっと、一見暗殺者に見えないような人こそ、本当は恐ろしいんだ……)

 カンナはそこに気がついた。


 そして、それは正しいのである。ベッカとメランカーナは互いにレブラッシュ配下のメストだったが、単に顔見知りというだけで、別にコンビで暗殺をしていたというわけではない。したがって互いの暗殺者としての地位など知る由もないが、レブラッシュの評価は、ベッカよりメランカーナのほうが上だった。


 さすがに犬ぞりで移動中は、メランカーナも口をきかないのだが、リアン村で宿を手配して物資を買い集めているあいだも一人でしゃべっているので、これは独り言なのだとカンナは思った。そして翌日より深雪歩行用の「かんじき」を履いて、徒歩でいよいよ本格的に偵察へ出るころには、カンナはその独り言にすら、すっかり慣れてしまった。


 ただ、深く湿潤した重い雪をかき分けて歩くのは体力がいる。一列になって、みなで歩いているうちに、さすがのメランカーナも息が上がって黙ってしまった。そうなると、カンナはこのすべての音が雪に吸いこまれてしまった独特の静寂に、違和感すら覚えた。ごくたまに名前も分からない鳥の鳴く声と、雪の木々の枝より落ちる音以外は、自分たちの発する息と足音しかしない。同じ深雪でも、常に風の音がしていたトロンバーとはまた違う雪の情景だった。


 「トローメラ山が、きれいねえ、カンナちゃん」


 休憩中にうっとりとスティッキィがつぶやいた。確かに、樹氷の合間に、美しい独立峰の山が真っ白にそびえて、晴天に映えている。が、それよりカンナは、なんだかずいぶんと久しぶりにスティッキィの声を聴いた気がした。なにより、ベッカとクシュフォーネの声を、カンナは一度も聞いていないのではないか。それほど二人は無口だった。だったが、無口といっても二人はそれぞれタイプが異なる。


 ベッカは、必要以外の言葉を発しないだけで、ある意味無口というより無駄口をきかないだけだ。カンナが気づかなところで、けっこうスティッキィやメランカーナと話している。本当に無口なのはクシュフォーネだ。聞こえてはいるようなので、唖者(あしゃ)ではないかと思ったが、一言だけ言葉を発したのをカンナは偶然に聞いた。


 それは、先頭よりベッカ、メランカーナ、カンナ、クシュフォーネ、スティッキィの順で森の中を雪を踏みしめて偵察行軍した初日のことだったが、行く先を谷と沢の中間ほどの地形の裂け目があって、進めなくなったとき、回りこむかどうかメランカーナが騒々しく云い立てた際に、


 「あたしが……」

 と、ものすごく小さな声で云ったのを、隣にいたカンナが聞いたのだった。

 (しゃべった……!)


 と、カンナが驚きに目を丸くしたときには、もう、クシュフォーネが前に出て、無言でガリア「草花自在木果(そうかじざいこか)」を出す。他の者には完全に無言に思えただろう。ということは、声がものすごく小さいだけで、実はこれまでも普通に話していたのかもしれない。


 そのクシュフォーネ、すっと前へ出て、その手より落葉樹の木の実、つまりドングリ類をいくつか雪のなかにばらまいた。ポスポスと聞こえない音を立てて、数種類のドングリが雪に埋まるや、たちまちそこから巨大なツタのようなものが生え、うねって伸びあがると周囲の立ち木を巻きこんでしならせた。しかもこれがガリアの力なのか、飴細工めいて巨大な木々を根元からぐにゃりと曲がり、ひっぱりこまれ、橋となって谷にかかった。


 カンナ、魂消るほかはない。

 「冬だから、長くはもたない。早く渡って」


 今度は、確かに聞こえた。無表情で、口をあまり開けずにモソモソとクシュフォーネの声がして、ベッカから順番に、かつ慎重に渡ってゆく。


 クシュフォーネが殿で渡り終えるや、ガリアの力の大きなツタが見る間に枯れ、曲がって橋となっていた数本の立ち木がバネのように、一気の元へ戻った。雪がはね上げられて、ぼさぼさと降ってくる。カンナは、このようなガリアを想像もしていなかったので、本当に不思議な気分だった。クシュフォーネは竜と戦うのではなく、森林行の補助として参加したにちがいない。


 無事に谷を渡って、先へ進み、次第にトローメラ山が近づいてくると、上空を飛竜が飛来し始める。天気がよい。


 「なあんで、こんなところにいるわけえ?」

 スティッキィが、まぶしげに仰ぎ見た。


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