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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第4部「薄氷の守護者」
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第2章 6-2 トロンバー決戦、そして

 「短いといっても~、いまが特段に短いだけで~、年が明けたらそれなりに長くなりますからね~」


 二人の頭上に、大きなオーロラが現れ始めた。トロンバー人や、よくトロンバーを訪れるスターラ人には珍しくもないが、アーリーは不思議そうにその緑や黄色の光の帯を眺めた。


 静かに、その夜は更け、遅い朝がやってくる。

 オーロラは消え、風が出て、厚い雲が現れ始めた。雪の中の戦いになるだろう。


 アーリーの炎の力が、どこまで通用するだろうか。バグルスや主戦竜などはどうにかなるだろうが、あの氷河竜がもう一頭いたら厳しい。まして、ホルポスのガリアがどのようなものなのか、アーリーも知らない。


 「子供ながら油断はできん」

 アーリーは暁闇の中、半瞑想状態で淡々と炎の気を練り、戦いに備えた。

 


 曇天の静寂が、次第に明るみを孕んできた。先日の竜との第一回戦での喧騒が、すべて消去されたかの如く静かだった。やがて音もなく雪が降ってきた。量はそれほどでもなく、風に流れて横へ飛んで行ってしまい、視界を妨げるというほどではない。ふと、アーリーが動き、フーリエをはじめ、再集合したフルトたちが無言で続く。何の鬨の声も号令もない、この天気に相応しい、地味で静かな出陣だった。


 トロンバーを出て、四半刻ほども歩き、すっかり明るくなった雪原街道の先を見越すようにして、アーリーは止まった。この街道の先で、昨日はアーボたちが大敗北を喫した。


 防寒着へ身を包んだフルト達は、小隊を再編成する間もなく、ほぼ散兵部隊としてただアーリーへ着き従っていた。万が一にもアーリーが負けたならば、もう、スターラが陥落するに等しい。


 (それは、さすがに無いとは思うけど~……)


 フーリエも、この静寂に緊張しはじめる。アーリーが一人で生き残っても、それはそれで意味がない。


 やがて、雪原の奥より、続々と竜たちが現れだした。雪原竜を中心に、恐氷竜も多数、いる。気がつくと、真上にも、吹雪飛竜が舞っている。そして、そんな堂々たる主戦竜の周りを、飛竜も走竜も、毛長竜どもが、カラスと犬めいてうじゃうじゃいた。


 「きのう、あんなに退治したのに~」


 フーリエは愕然とつぶやいた。毛長竜は、三、四十は殺したはずだったが。まだ、あんなにいたのか。


 その中央に、あの、三頭白銀竜がいた。のそのそと巨大な亀のように歩いているので、竜の進軍は異様に遅い。だが、周囲の竜たちは、いまにも突撃しそうにいきりたっている。竜の吐く息が白くたなびき、水蒸気が凍ってきらきらと光っていた。


 「ア、アーリーさあん……ちょっと~、数が多くないかしら~?」


 フーリエの声がふるえる。アーリーは無言だった。腕を組み、長い脚でしっかと雪原を踏みしめて仁王立ちのまま微動だにしない。風が赤い蓬髪をなびかせる。


 やがて、三千キュルトすなわち三百メートルほどの近距離で、いったん、竜が歩みを止めた。上空の、大小の飛竜たちのギャアギャアという声に、フルト達も不安が最高潮に達する。ずらりと雪原に居並ぶ主戦竜たちと合わせると、まだまだ百はいる。


 フーリエが遠眼鏡で確認すると、三頭竜の真ん中の頭の上に、バーララがいた。褐色の肌が、民族衣装と相まって美しい。


 と、アーリーが右手をゆっくりと上げたので、フルト達は息をのんだ。いよいよか。手に手にそれぞれのガリアを出す。


 「いいか!」

 静寂にアーリーの声が雄々しく響いた。


 「ガリアは心だ、肉体で負けても心で負けない限り、ガリアは消えない。絶対に……消えはしない!」


 大音声で云うが、右手がサッと振り下ろされる。

 最初に走り出したのは、フーリエだった。第一大隊の残存部隊が、雄たけびを上げてそれへ続く。


 そしてアーリーも、炎色片刃斬竜剣(えんしょくかたばざんりゅうけん)を高々と掲げ、突進した。

 もちろん竜たちも走りだす。

 上空からは飛竜どもが、魚の群れを狙う海鳥めいて急降下を開始した。

 決戦が、はじまった。



 と、思った、その瞬間だった。

 アーリーを含め、全員が夢を見ているかと思った。

 飛竜にさらわれたフルトが、そのまま上空から落ちてきた。


 たまたま主戦竜に蹴り飛ばされたフルトは、そのままぶっとんで雪面を血で染めて伏し倒れている。

 すなわち、フルト達の被害は、現実のものだった。


 それなのに。

 それなのに、だ。

 忽然と、竜たちが消えてしまった。


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