第2章 4-3 シードリィとアーボの死闘
アーボ、ぎりぎりまで引きつけておいて、半身となりながら腰を沈めて体を開き、同時に捻りながら肘を出す。つまり、バグルスの掴みかかる攻撃を一寸の差でかわすのと、強力な肘打ちが同時に出た。攻防一体の動きだ。しかも、肘からは大きな刺が突き出て、小柄なバグルスの胸板を貫いていた。
「……ガハ、ウ……」
血と絶息を吐き、緑のバグルスがぐったりとなる。
アーボが肘を引き抜き、バグルスはアーボへよしかかりながら、ずるずると雪の上へ横になった。
アーボはたちまちのうちに、兵卒とはいえ、バグルスを三体も一人で倒してしまった。
きりきりと冷える空気の中、吐く息が蒸気のように、フルフェイスの仮面にも見える蒼天色の鎧の口元より吹き出た。
周囲はまだ激しい竜との戦いが続いていた。次の得物を求めて、アーボが動こうとしたそのとき、
「……!?」
にわかに、全身の温度が上がるのを感じた。それも、暑いとか云う話ではない。熱い! まるで蒸し器の中で蒸されているようだ!
瞬時に、あの眼前で爆発して煮え立った斥候が思い浮かぶ。
ブ……ン! と、不思議な羽音めいた音が聴こえる。その音につつまれていると、全身の血液が沸騰しそうになる。
このままではまずい、とアーボ、一気に飛び跳ねてその場から脱出した。上空で、急激に温度が下がるのを感じた。羽音から逃れたためだろうか。
だが、着地したとたん、音はまたもしつこくアーボを取り囲み、外れなかった。すぐさま全身が高熱に襲われる。一気に熱病めいて、脳がくらくらする。
アーボのフルフェイスヘルメットが開き、真っ赤な顔が現れる。すさまじい湯気がたつ。ガリアを解除したい衝動にかられるが、そこは耐えた。頭の上の怒髪の飾りが、さらに針のように尖った。それが、なにやらぴくぴくと動いて、ひとつの方向を指し示した。
アーボが再びヘルメットを閉め、そこへ向かって突進した。
そこには第二大隊のフルト達に倒された雪原竜の死体が横たわっていたのだが、かまわずアーボがその死体めがけて飛び蹴りをくらわせる。踵より回転する刃物が飛び出て、竜を切り裂いてその影に隠れる存在を暴き出した。
それはシードリィであった。
雪原竜の影より、アーボへ超振動攻撃をしていた。
「ヌオオア!」
勢い余って避けたシードリィを飛び越したが、そのまま、足跡を引きずって着地するや、振り返って、シードリィめがけてとびかかった。そのまま回転蹴りを連続して見舞う。シードリィは余裕でそれらを避け続ける。
そして、自らも強力な蹴りを繰り出して、蹴りと蹴りとが合わさって、二人はいったん間合いをとった。
すかさず、シードリィは左手を雪面へ突っこむ。すると瞬時にして雪が煮えて沸き立ち、熱湯が雪面を走ってアーボを襲った。そのとき、本来であればもう片方の手で超振動を相手へぶちこむのだが、カンナにやられて、いまは片腕のみだ。
それが幸いした。アーボは難なくそれを避け、シードリィへ走って接近格闘戦を仕掛ける。
「……生意気な!」
シードリィが奥歯をかみ、受けてたつ。
シードリィの格闘術は我流だが、アーボは先人によって技が練り上げられた伝統武術の師範だ。しなやかにスーツのように動く特殊な全身鎧は、防御も並ではない。超振動を爪に宿したシードリィの掌打を、右腕を捻りながら受けるとその動きだけで軌道を反らしてしまう。そこへ攻防一体の動きで左肘打ちだ。いまさっき兵卒バグルスを殺した技であり、肘から刺が出るも、それはさすがにシードリィ、身をひねって避ける。だがアーボ、避けられた肘を伸ばして、抱えるようにシードリィへとびつくと、身を低くして右手で相手の足を払いぎみにはね上げ、そのまま投げを打った。硬い地面へ背中から打ちつけると、それだけで投げ殺せるほどの威力だが、地面は雪が積もっているし、相手はバグルス。シードリィは雪原でバウンドするほど叩きつけられたが、すぐに起き上がって蹴りを出してきた。軽やかにアーボがそれを避け、シードリィの蹴りの合間に自らも蹴りを入れる。また脚と脚が打ち合わさって、反動で二人は間合いをとった。
間髪を入れず、シードリィがアーボを襲うも、思わず利き腕だった右手を出してしまう。しかし肘から先は無い。バランスを崩し、重心がずれた。
そこをアーボが後の先で逆襲する。
倒れるように身を低くして、そのままタックルぎみにシードリィへとびつくと抱えざまに雪面へ組み伏せ、一瞬のうちに固め技をきめてシードリィの左肩と肘の関節を逆に締め上げた。シードリィが暴れるも、完全にきまって動けない。そのままビシッ、ピキッとシードリィの関節が鳴ったが、さすが高完成度バグルス、ものともせず力任せに技を外しにかかった。アーボは、度肝を抜かれた。




