第2章 3-2 バーララ
「大隊長、加勢には!?」
既に深い青のシャープなスーツめいた全身鎧であるガリアに身を包み、雪濠内の椅子に座って微動だにしないアーボは、黙って首を横に振った。三隊入り乱れての大規模かつ完全な乱戦ならいざしらず、各大隊が多少不利になろうと持ち場を離れるなとアーリーに念押しされている。いざそうなれば、トロンバーへ撤退することになっているのだ。
「大隊長!?」
「敵の思うつぼだ。連中、左翼に戦力を集めておいて、手薄のここを突破してくるぞ。こっちに主戦力が来ると思え」
周囲の中隊長たちは息をのんだ。
まさか竜の集まりが、そんな戦術的な攻撃をしてくるのか、という思いだった。
しかしそれが、ダールそしてバグルスに率いられた竜の軍団なのだった。
よく調教された毛長飛竜を駆使し、自在に竜を操るこのガルドゥーン、名をバーララといい、竜属の国のひとつ、ガラン=ク=スタルの人間である。歳は二十六であった。ホルポスに直接雇われたというより、ホルポスの依頼を受けたガラン=ク=スタル上層部による「派遣」という形だ。厚い覆面姿に長い布を何重にも全身に巻いたような姿で、眼にも竜の角を半透明に透けるまで削り磨いたゴーグルをつけている。
そのバーララがひらりひらりとコウモリめいて竜を飛行させ、その動きに合わせて竜たちがまた牧羊犬にいいように使われる羊の群れがごとく自在に動く。遠眼鏡で観察していたフーリエは、即座に判断した。
「あいつを叩くわあ~。援護して!」
もう、本陣から駆け出る。何人かが後に続き、副長が残った。
当初、湖畔を走ろうと思ったが深雪が凄く徒歩では無理だったため、戻って犬ぞりを使おうとした。そのとき、上空から三頭の毛長飛竜と、雪をラッセルして二頭の毛長走竜が突っこんできた!
「毛長なんて敵じゃな~いしぃ~!!」
フーリエの長閑な声に反し、つき従っていた数人のフルトが、雪の中を泳ぐようにして、死にもの狂いでその場を離れる。バチッ、ババッ! とカンナのガリアにも似た電気のはじける音がして、周囲数十キュルトがきれいに二つ重なった円を描いて雪が吹き飛び、硬い凍土が露出した。そこを足掛かりに踏ん張って、強力なガリア「丸縁銀牙円盤」をその両手よりふりかざす。ヨーヨーにも似た、小皿をふたつ合わせたような円盤の合わせ目よりサメの牙めいた刃が飛び出て、回転しながら電磁波とプラズマで操作される!
「そおりゃああ~!」
バリバリと空気を電撃が引き裂く破裂音とともに、ガリアが腕の動きに連動して竜を襲う。牙だらけの大口を開けて突進してきた走竜の一頭が真正面にガリアをくらい、上あごから脳天にかけて真っ二つに砕かれ、血と脳をぶちまかして雪に頭からつっこんで転がる。
円盤が弧を描いて戻って、さらに、上空から迫る三頭の飛竜にも、次々に襲いかかった。狙うのは皮膜で、しなやかだが並の刃物では傷もつかない竜の翼が紙切れみたいに裂け、揚力を失って回転しながら墜落した。すかさず、お付きのフルトがもがく飛竜へとどめを刺す。
フーリエはそのままガリアで雪をかき分けながら突進し、湖畔から街道の竜の群れめがけて側面へ突撃する格好となった。前線で奮戦していたフルト達は思わぬ援軍に沸き立ち、竜の群れが混乱して崩れる。
いったん崩れると、そこは動物の群れだ。連鎖反応で一気に散らばって、また集合しようと後方に集まる。
そこをガリア遣いたちが追い打った。
だが、先頭を走る数人めがけ、光の尾を引いて的確に銀色の矢が命中し、一撃で心臓を貫かれてひっくり返った。
フーリエが見上げると、ガリアの弩を構えたバーララが反転して上昇してゆくのが見えた。
さらに上空でひるがえって、急降下!
フーリエ、あの石弓のガリアは射程が短いとふんだ。が、それはフーリエも同じだ!
両手を交差し、手の内にガリアを構えて電気を溜める。
バーララがフーリエを発見し、飛竜の角度を変え、一直線に降下する!
そのまま、最大発射可能数の五発全てを連射する。その一瞬早く、フーリエが左手の円盤を防御に自らの周囲を回転させ、右手の円盤を同じく螺旋を描いてバーララめがけて投げた。
五発のガリアの短矢がバラバラな軌道を描いて、時間差でフーリエに迫る!
だがそれらは、全てフーリエを護る電撃の網と円盤に遮られた。しかも、急降下の竜が思い切って身体を引き上げ、羽ばたく瞬間に円盤がそれをとらえ、翼を引き裂いた。悲鳴を上げ、空中でバランスを崩し、失速して竜が雪原へ激突する。
バーララは墜落する寸前に飛び降りて、空中で一回転して見事に雪中へ着地した。
すかさず、フーリエが正面に立ち、周囲を数人のフルトが囲む。
部隊のガリア遣いは、竜を追いこんで離れていた。




