第2章 3-1 フーリエ
並べられた遺体を見下ろし、アーリーは唸った。
「見た目はウガマール人に近かったけど、向こうの言葉を話してたわあ」
既に取り巻きが何人もできたマレッティが、そのフルト達を引き連れて遺体を見回り、つぶやいた。
「会ったのか」
「会ったわよお。顔はよくわかんなかったけど……」
「ふうむ……」
竜に殺されたフルトより、一人の暗殺者に殺されたほうが多い。皮肉なもので、暗殺組織メストを有する暗殺都市のガリア遣いが、暗殺でいいようにしてやられたことになる。
「フルトの被害の半分以上が、竜ではなく一人のガリア遣いとはな……」
脆い。
口には出さないが、痛感せざるを得ない。
けっきょく三人の大隊長はすべて後方の異変に気づきつつも、そのままアーリーへ任せて部隊を進め、予定通りに布陣した。さすがだった。これで大隊が戻るところを後ろから攻められたら、さらなる混乱に襲われる。
一頭立ての犬ぞり伝令を細かく走らせ、トロンバーの状況を伝えると同時に布陣先の状況も知らせる。破壊された司令部に代わりヴェグラーの事務所を使おうとしたが、そこも無残に倒壊しているうえに半分ほど氷漬けになって、厚い氷が瓦礫を覆っていた。二階にはライバが療養していたはずだったが、生存は難しいと判断し、そのままにした。
司令部は、ライバとカンナが泊まっていた宿が無事だったので、そこへ置くことにした。
いそがしく動きまわっている間に、すぐ日が暮れる。
そのころには、いよいよホルポスの本隊がトロンバーへ迫った。
トロンバー急襲の翌日未明には、各大隊は当初想定通りの位置に布陣した。向かって真正面のリュト山脈山麓へ通じる森林街道に第二大隊アーボ隊。向かって左側の湖畔に、ユーバ湖方面からの襲撃にも備えた第一大隊フーリエ隊。向かって右側には、雪原と森林へ避難した町民の護りも負う第三大隊クラリア隊。
矢印のように、アーボ隊がやや突き出ている。
アーボは身体能力を格段に高め、全身に武器が仕込まれている鎧のガリアを駆使し、肉弾戦により竜を倒す正統フルトで、サラティスでのバスクの経験がきっと役立つだろう。
だが、軍団長としてガリア遣いを率いる能力が未知数なのは既に記した。
もっとも相手は人間ではなく竜だ。けっきょくは、個人のガリアの強さが物を云う。
トロンバー急襲が突如として始まったのと同じく、ホルポス本隊の攻撃も突如として始まった。
意外にも、最初に襲撃を受けたのは左翼のフーリエ隊だった。
ここ数十年、内海のように巨大なユーバ湖では噂以外で水生竜がいないことは確認されていたが、やはり攻めてきたのは毛長竜の群れだ。飛竜、走竜とも、数十という規模だった。いくら毛長とはいえ、これほどの数はフルト達の誰も見たことが無かった。
「ひるまないでえ~、落ち着いて、対空陣を後ろに、ガリアを構えてー~!」
若いフーリエが指示を出すも、いまいち声が通らない。すぐに大柄で年かさな副官がその通りに大音声で叫び、かねてより訓練通りに赤と黄色の旗を何本も上げ下げし、太鼓をたたく。
まるで何万もの軍勢が移動するような方法だが、文献を調べて、軍団の差配に大昔はこういう方法をとっていた、というのを実践しているだけだった。
そもそも大隊はそれぞれ百人程度であるし、中隊・小隊に分けて勝手な行動は厳に禁止してあるので、そこそこ、フルト達は指示通りに動いた。にわか軍団としては、まあまあだ。
だが相手は、ただの動物の群れではなかった。
明らかに、飛竜たちが戦闘隊形できれいに陣容を敷いて飛んでいる。すると走竜もだろう。バラバラに近づいてきていたが、ある距離から明らかに隊列を組んで三列に並んでいる。
飛竜軍団の先頭で、一頭の飛竜が細かく方向を変え、時には地上近くまで下り、また上がって飛竜たちを誘導している。その背中には、なんと人間が乗っている!
あのガルドゥーンだった!
何事か叫び、かつ角笛のようなものを吹いて竜の群れを自在に操っている!
「な、なあんなのあいつ~!? ガリア遣いじゃないの~!? 竜に乗るなんて……あんなのがいるなんて聞いてな~い!」
フーリエが目を丸くしてわめいた。
せめて天候が悪ければ、飛竜は出張らなかったかもしれないが、運の悪いことに晴天で、かつ上空には竜が舞うにはちょうどよい風が湖から吹いている。
「来るわよ~!!」
竜が襲ってきたら、もう乱戦だ。
その竜とガリア遣いたちの声、そしてガリアのあげる炎や爆発、光やら何やら、さらに竜の吹く火が、アーボ率いる第二大隊からも聞こえ、見えた。




