第1章 5-2 バグルス戦
ライバとエサペカがコンビを組むのは、これが初めてではない。毛長竜狩りが何回かと、いちどガリア遣いに襲われたことがある。ちなみに、エサペカはメストではない。純粋なフルトだった。つまり、二人でいるときに、ライバが今は亡きファーガスかバーケン配下の暗殺者にエサペカごと襲われたのだが、二人で撃退した。エサペカは、ガリア遣いの強盗か何かだと思っている。
問題は、今の相手はバグルスで、しかも三体ということだった。
だがむしろ、サラティスでバスクの経験があるエサペカのほうが落ち着いていた。モクスルであったため、直接戦った経験はない。バグルス退治はカルマの仕事だったから。しかし見たことはあったし、話にも聞いていた。まさか自分がこのトロンバーで相手をするとは夢にも思わなかった。
バグルスだからと、不用意に恐れる必要はない。もちろんガリアや人数にもよるが、冷静に対処すれば、兵卒レベルていどはモクスルでも倒せない相手ではない。ただ、最初からバグルスなんか相手にできるかという精神が、ひるがえって可能性を低くし、コーヴやモクスルになるべくしてなっているのである。
「……あたしがひきつけるから、あんたは撹乱してトドメを」
背合わせでエサペカが指示を出す。ライバは驚いたが、確かにそれしかない。
「でも、相手は三体だよ!?」
「関係ないね」
エサペカの声がしっかりと据わっている。
「カンナさんは、こんな連中を一撃で殺す相手と、一人でやってるんだ。これしきでひるんでられますかって」
エサペカのカルマに対する憧憬や信頼は、まるで主人への忠誠や信仰に近い。まして、カンナの絶大なる力に、エサペカは心酔していると感じられた。ライバは、むしろそんなエサペカを信頼した。
「確かにそうだ。……じゃ、行くよ!」
さっそく、ライバが消える。エサペカがガリア「無垢白樫波動杖」を両手に、手槍のように構える。既に波動が収束し、槍の穂先めいて降りしきる雪を弾く。バグルス達がライバを探す間を与えない。
「セィッ!」
吐息のような声とともに、雪を蹴ってエサペカが手近なバグルスめがけて突進した。同時にバグルスも反応する。鋭く突き出される杖を動物の反射で避け、その鉄をも引き裂きかねない爪を繰り出す。エサペカは半歩下がりつつ体捌きでそれを避け、同時に振りかぶった杖を円運動で引きながら間合いを作って、その手首へ叩き付けた。
ただの棒きれならば、バグルスの腕などいくら剛力で叩いてもびくともしないだろうが、そこはガリアだ。そして波動も出る。ベギィ! と鈍い音がして、バグルスの右手首は見事にへし折れた。
「ギュゥ……!」
バグルスが苦悶に顔を歪め、腰から引いた。エサペカが追い打ちで杖を両手で横回しに叩く。一瞬で体を引きつつ杖を両手の内でスライドさせ、右手で杖の端を持ち、左足で踏みこみながら左手で回す。梃の原理を利用し、最小の動きで最大の威力を得る。狙うのは急所のこめかみだ。見事命中! 波動がほとばしり、バグルスは昏倒して雪の中に倒れ伏した。
そこへ二体目と三体目が同時に襲い掛かる!
正面から来た一体は、杖をその胴っ腹へ槍のように遣って突きを見舞ったが、斜め後ろからの攻撃には対処できなかった。
すわ、エサペカの背中へバグルスの爪と牙が襲い掛かろうとしたとき、足元に出現したライバが低い姿勢からガリア「次元穴瞬通屠殺小刀」を横薙ぎに振りぬいた。ガリアの力で足首を切断! バグルスがバランスを崩して前のめりに雪へ突っこむ。その隙に、エサペカは急いで間合いを取り、振り返って杖を構えなおす。
そして息をのむ。
吹雪がますますひどくなる中、最初に右手首を折ったやつが昏倒から回復し、発光器も怒りにまかせて赤々と光り、長く太い尾を蠢かせ、憎々しげに暗い曇り空へその両目を光らせて立った。布をまとっただけの、服とも云えない服が風になびき、肩や頭に雪が積もる。ところどころ見える赤茶と白の斑の鱗肌がその雪にまぎれた。口が耳まで開き、白い息の奥に鋭い肉を裂く歯が見える。
また、毛長竜程度であれば内臓を破壊するほどの衝撃を叩きつけたはずの二体目も、まして右足首を失っている三体目まで、大量の血を流しながらも何事も無かったように吹雪の中に立ってエサペカを睨みつけている。
さすがに、ゾッとした。
(こっ……れが……バグ……ルス……)
ふと、急激に雪がやみはじめた。




