第1章 4-2 シードリィ、見参
そして、どれほどの時間が過ぎたことだろう。
じっさいには、半日もたっていないと考えられる。
が、なにせ火がないため、底冷えが身体と精神までも侵食し、このまま眠ったら死ぬのではないかという恐怖が、ある種の焦燥感を呼び起こし、じっさいの時間よりはるかに長い感覚を彼女たちに与えていた。
ふと、エサペカが、
「雪がやんでる?」
と云った時の、まるで救助隊でも来たような希望に満ちた顔は、ライバとカンナをお互いに現実へ引き戻させた。なんて顔をしているのか、そんなものが来るはずがない、目を覚ませ、と。
もっとも、景色さえ見えてしまえば、瞬間移動でひどく酔うカンナには悪いが、無理やりにでもトロンバーへ一直線である。バグルスを退治していないが、仕方がない。また、退治のために出動すればよい。いまは生還するのが優先といえよう。
互いの顔が見えたということは、昼だった。明るい。いま、冬至を控えて最も昼が短い時期に差し掛かっているが、昼間は二刻(約四時間)ほどある。
まずエサペカが用心のためガリア「無垢白樫波動杖」を右手に持ち、ゆっくりと警戒しながら出入り口より顔を出し、周囲を確認して、振り返って二人を呼んだ。二人も腰を上げ、続いて出ようと思った。犬たちは声もないので、まだ丸くなって雪に埋もれ、寝ているようだった。
その瞬間、エサペカが消えた。
「あっ!?」
たちまち、犬たちが猛烈に吠え出し、二人も一気に飛び出た。
晴れ渡った青空に、風吹飛竜が三頭もその白い毛におおわれた翼を風へ乗せ、滑空していた。尾が短く、頭蓋骨と一体化した舵のための巨大で薄い一本角が特徴的だ。
「たあああああすけええ……!」
エサペカが、竜にさらわれ、はるか上空で叫んでいる。
「飛び降りるんだ!」
ライバが叫んだ。もう、空中へ向かって瞬間移動する! エサペカが杖を振り回し、先端から衝撃波を発した。ギャア! と巨大なカラスめいた声を発し、竜がエサペカを離したので、真っ逆さま。ライバが空中でエサペカをキャッチし、瞬時に地上へ降り立ったのを見て、カンナも安堵する。
「……あやつらでは、我らの敵ではない。殺したくなくば、手を出させぬことだ」
後ろから低い女性の声がして、カンナは気を引き締め、ゆっくりと振り向いた。
バグルスである。
鋼めいた筋肉質な背の高い肉体に相応しい、刃物のように鋭い太い声だった。もちろん、女性形だった。既に正体を現している。何かしら近未来的なとも云えるぴったりとしたスーツめいた、つるりとした真っ白い細かな鱗肌に、青みがかった白い髪を短く刈っている。短角が一本、額にあった。細く鋭い眼は瞳が黄色だった。発光器が肩と二の腕と脛にあって、赤く光っていた。寒風をものともせず、右拳を軽く上げて半身に立っている。尾が短い。
この人間に近い姿を観ても、かなりの高完成度と分かる。
「我はシードリィ。白竜がダール、ホルポス様へ仕えるバグルスだ」
ずいぶんと礼儀正しい。カンナは驚いた。ギロアもそうだったが、バグルスもここまで完成度が高いと、かなり人間めいている。
周囲にも、昨夜カンナたちを襲った竜と人間の合成度の低い兵卒バグルスが三体、雪原竜が三体、上空には吹雪飛竜が三体、そして凶氷竜が一体、シードリィを含め合計で十一体もの竜がいる。トロンバーほどなら滅ぼしてしまいかねない陣容ではないか! 四匹の犬たちも、恐怖にすくんで完全に黙りこんでしまっている。
「カッ、カンナさん……!」
見ると、雪原竜とバグルスに挟まれて、ライバとエサペカが背合わせてにガリアを構えていた。内心、カンナは焦った。彼女たちを護りながら戦うほど経験も技量も無い。
だが、ライバはカンナへ向かって大きくうなずくと、エサペカごとその場から瞬間移動して消えた。そして瞬間移動距離の限界である五百キュルトぎりぎりに現れ、指笛を吹いた。飛び上がるようにして犬たちが走り去ってライバの後を追う。そしてライバは連続して移動し、たちまちのうちに地平線の向こうへ消えてしまった。
(ありがとう……ライバ……)
カンナは大きく息をついた。カンナの足手まといにならぬよう、ライバは距離をとってくれた。これで心置きなく戦える。
「……すごいな、一瞬であんなに離れられるとは。それにしても、仲間を見捨てて逃げたのか? それとも……」
「わたしがまだ未熟で、バカで、弱いから……気をつかってくれたの」
「ほう……?」




