第1章 3-2 極寒の撃退
想像を絶した寒さや劣悪な食事、さらには未知のバグルスとの戦い、初めての隊長業務など、不慣れな環境へのストレスがたまっていたころに、せめてもの安らぎのねむりを奪われたことに、カンナの竜への殺意が純粋に炸裂した。雪が粉塵爆発めいて轟音とともに吹き飛んで、地面から放射状の稲妻が天へ向かって伸び、轟名が遠くリュト山脈まで達してこだまとなって帰ってくる。
こうなると、カンナは手がつけられなくなる。
アーリーでなくば、止められない。
「うううああ!」
唸り声とともに黒剣から球電が数珠つなぎに出現し、帯となって大きな雪原竜に叩きつけられる。瞬間、連続して爆発して、雪原竜といえどもバラバラに砕け散って肉片をまき散らす。
続けざま、バガーン! 破裂音がし、カンナが瞬間移動のように距離を縮めた。足元で圧縮した雷鳴を開放して、その勢いで「発射」された。そのまま二頭目の雪原竜へとびかかって、プラズマの集束した剣先が竜の胸元へ突き刺さる! 閃光があふれ出て、竜は焼け焦げ、引き裂かれて、肉も骨もかまわず木っ端微塵となって四散! ついでに、近くで固まりついていた一頭の凶氷竜めがけてカンナ、横薙ぎに黒剣を振り払った。ズ、バッシャアア! 稲光が伸びて、続いて炸裂音! 巨大恐鳥類にも似た人食いの凶氷竜が感電し、高圧電気抵抗の衝撃でぶっ飛んで転がり、長く太い脚も投げ出して横倒しに痙攣、すぐさま動かなくなる。焼け焦げ、引き裂かれ、燃え上がる。
混乱かつ動揺して、その場で暴れていた雪原竜の三頭目がカンナの視界に入り、呵責の無い轟雷が降り注いで、黒焦げの死体になってけむりを噴き上げる。
オオオオオオオ!
雷鳴に風の唸り声が混じり、まるで竜皇神の雄たけびがごとく天を割った。
あまりの喧騒と剣幕に、残りの竜はパニックとなって何処かへと逃げ去ってしまった。
と……。
忽然と暗雲が去り、半月と満天の星が上空を埋める。
耳を抑えて伏せていたライバ、静寂にふと顔をあげると、人と竜とをむりやり合成したような、雪のような白い肌に青や黄色の鱗が目のあたりまで覆っている、布きれをまとった白髪の小柄な人物が茫然と月下に立ち尽くしているのを見た。
バグルスだ。
それも、下級の兵卒バグルスだった。
サラティスに来たばかりのカンナであれば、こんなバグルスでも死に物狂いで戦ったが、いまのカンナでは睨むだけでバグルス、後ずさる。
「……バ、バ、バケモノ……!!」
バグルスはカミソリのような牙の合間からそんな言葉を発すると、転がるように逃げた。
雪原の闇に消えたバグルスをほっとして見送り、ライバはカンナを探した。いま、そこにいてバグルスを威圧していたと思ったが、いない。
既に、轟音も稲妻もない。嘘のように音がない。一瞬、自分の耳がどうかなったかと思ったが、
「あ、あ、ああ」
声を出してみると普通に聞こえたので、カンナのガリアが消えたのだと思った。
となると、カンナはどこへ行ったのか。ガリアと共に消えてしまったとでも云うのか。
すでに二十キュルト(約二メートル)ほど積もっていた雪がそこだけ吹き飛んで地面が見え、クレーターのようだ。カンナはそこから飛び出たと思ったが、つい、その底を見る。誰かが倒れている。
「……エサペカ!」
斜面が融けて再び凍り付いているので、ライバはガリアのちからで底まで瞬間移動した。
「エサペカ? 生きてるか?」
抱きあげ、頬を叩く。エサペカはすぐに目を覚ました。
「……ああ……」
エサペカは放心し、頬を赤らめて夢見心地だ。
「すごい……このちから……カルマ……すごい……」
「よかった。さすがはカンナさんだ。あの状況で、よくも無事に……」
「カンナさん……」
「しっかりしろ、竜はカンナさんが倒して、バグルスも追っ払ったよ!」
「バグルス!?」
エサペカが、ようやく正気を取り戻し始める。
「バグルスだって!?」
「だから、カンナさんがもう追っ払った」
「追っ払った? 倒したんじゃなく?」
「だって逃げちまったもの」




