第2章 2-2 退治2
「ふごっ……だいじょうぶ? 嚥下障害? 若いのに……ふごふご」
「いやっ、ええー、と、そ、そのですね……そのー、そうですね、えー、よ、よ、よ~……よんじゅう……ようじゅうご……だったかな。それくらいです……」
「45でも俺より多いじゃないか! でも、あんたモクスルにいた? いつからバスクを?」
「み……三日まえ……」
「来たばっかりか! それで、いいとこ見せようとして退治に失敗したな? 焦りは禁物だ。命を縮めるぞ。俺が云うのもなんだがな!」
「アート様は、少し焦ったほうがいいです。仕事しなさすぎい!」
二人が楽しげに笑う。カンナはフレイラの言葉を思い出し、胸がつぶれそうになった。笑い声がつらい。
「なあ、あんた、どこの誰と組んで退治をしたか知らないが、来たばっかりで退治に失敗じゃ、元のところに戻っても肩身が狭いだろ。これから一人で退治するったって、新人じゃ難しい。仕事を得るのが難しいんだ、この世界は。知ってのとおり、竜はいるんだが、みんな死にたくない。仕事を選ぶんだよ。楽な仕事はみんなで取り合いだ。その点、俺なんか気楽なもんだ。誰もやらない仕事をやってるから、報酬も少ないが、食うに困らない。しばらく俺を手伝って、ほとぼりを冷ましたらいい」
カンナはうつむいて考え込んだ。塔には戻りたくないし、戻れないだろう。かといって、ウガマールに帰るわけにもゆかない。ウガマールにはもう帰る場所はない。
「あんた、どんなガリア?」
「……剣です。黒い剣……稲妻が出ます。……ちょっとだけ」
「そりゃいい! 攻撃担当だ。俺とクィーカのガリアじゃ、竜を倒しきれないんだよ。だから他の連中の後始末ばかりやってる。あんたさえ良ければ、しばらくここにいてくれよ」
カンナは頷いた。
「ええ。はい……分かった。お世話になります」
「きまりだ、良かった。今日の午後からさっそく一件、入ってるんだ。それを手伝ってくれ。そして、次からは少し退治らしい退治をやろうぜ!」
アートが立ち上がってカンナと握手をした。クィーカも嬉しげに笑っている。
「ふごふご……少しはいいものが食べられますかね、アート様!」
「ああ、食えるさ。カンナが止めを刺してくれるから、軽騎竜くらいはなんとかなるだろう。軽騎竜の相場は、二十五カスタだぞ!」
「ふごっ!! 二十五カスタ!! 見たことない……」
クィーカがうっとりとスプーンを握ったまま夢を見るような顔となった。カンナは先日カルマでもらった百カスタが恥ずかしかった。もう、使いようもない百カスタ。
と、カンナの頭上を生き物がかすめる。羽音もなく飛んできた小さなミミズクだった。部屋の隅に設えている止り木に止まった。サランの森から来たのだろうか。
「こいつはうちに住んでるんだ。森で勝手にえさをとっている。寝るときだけここに来る。もう寝る時間だ」
「へえ……」
その大きな眼を眠そうにして、ミミズクは首を縮めていた。
食事を終え、本を読んだり、外を眺めたりして少し休んでから、三人は用意をし、退治に出発した。
「正確には、退治の手伝いだな。今日はコーヴの二人組が珍しい竜が接近しているのを迎撃するんで、それの補佐をする。こんなの、本当はセチュの仕事だが、自分らの雇っているセチュには断られたらしい。斡旋所でも誰も応じなくて。だからって、まともなバスクはそんなセチュの仕事なんかしない。つまり……俺の出番よ」
歩きながら偉そうにアートが云う。しかし、そんな自慢げに話す内容ではないというのはカンナにも分かった。クィーカも分かってか、声を殺して笑っている。
サラティスの正門を出たところで待ち合わせだというので、三人は町外れから市街地を横目に城壁沿いに歩いて、門をめざした。
「ねえ、クィーカ、いくらガリアがあるって云っても、小さいのに一人で竜退治の手伝いなんて凄いのね。ご両親はなんて?」
「両親は、竜に食べられました。ふごっ……」
カンナは目を丸くして息をのんだ。
「ごめんなさい。まったく……想像もしてなくて」
しかし、クィーカはむしろ誇らしげに続けた。
「ふごっふごっ……幸い、自分はガリアを遣えました。可能性たった3の自分でも、アート様に拾ってもらったおかげで、竜退治に加われます。村のみんなの敵討ちをして、ご飯を食べられます。こんな、うれしいことはありません!」
「……あ、そう……」
考え方が二人とも自分と根本的に異なっており、カンナはカルマのメンバーと出会った以上に何かが衝撃的だった。
やがて、正門から出る。先日出たときはアーリー達の顔パスだったが、今日は身分証を出さなくてはいけない。アートとクィーカが身分証を見せ、セチュの衛兵が確認する。バスク及びバスクと共にいるセチュは、通行料がかからない。カンナは二人が先に行ってから、こっそりと小物入れよりカルマの身分証を出した。
衛兵が驚いて声を上げようとするのを振り切って、急いで後に続く。
「あー、どうも、俺がアートです」
城門の外で待っていた二人組のバスクに、アートが気安げに声をかけた。




