第1章 3-1 夜襲
ライバは、これも小型の雑用ナイフで切り分けながら、黙々と食べている。うまいもまずいもない。食べなれているというより、食事というのはこういうものだという概念でいるようだ。料理ではなく、単なる食べ物。もしくはエサ。
(わたしが贅沢になったのかな……)
粗食を極めたような旅をしてきたが、カルマでの美食三昧な暮らしにすっかり馴染んでしまったのかもしれない。
なんとか食べ終えると、寝る。疲れた。
それぞれ外で用を足し、めいめい敷物の上で横になった。真冬の野外の用足しはコツが必要だったが、トロンバーまでの行程で、嫌でも慣れた。着こんでいる分、砂漠より厄介だった。しかも、もたもたしていると凍ってしまう。逆に、蛇や虫はいないが。
三人はすぐに眠った。
雪濠の中は、思っていたよりはるかに暖かかった。
深夜から、雪が降ってきた。
さしものカンナも気がつかなかったが、あの雪花竜は偶然に見つかって襲われたのではなく、とうぜん斥候だった。トロンバーを出てから、すぐに捕捉されていた。これまで、スターラではダールに率いられ組織的に襲撃してくる竜の経験がない。アーリーかマレッティだったら、気づいたかもしれない。カンナも、まだそこまで気づくほどの経験はない。雪花竜が帰ってこないため、既に林には何頭かの主戦竜と、それらを率いるバグルスが接近していた。
カンナたちは、囲まれつつあった。
3
明け方の時刻……と云っても、まだまだ暗い。外は真っ暗だった。しかも、すさまじい大雪だった。エサペカの作った雪濠が完全に雪へ埋もれてしまって、酸欠になるところだった。そういう冬の事故に敏感なエサペカが自然に目を覚まし、あわてて出入り口をガリアの杖で突いた。波動が一点へ集中し、バアッ! と雪が吹き飛んで出入り口が再び開いた。新鮮な空気と冷気が吹きこんでくる。消えかけていたランタンの火が再び点った。
今度は気配に気づき、犬が吠えた。
「……竜だ!」
ライバが叫んだ。
「カンナさん、起きて、竜が!」
カンナも飛び起きて、木のケースからメガネを出す。冷え切って冷たい。
ライバがまず外へ出るが、闇と大雪でどうにもならなかった。竜の赤い発光器がむしろ助かった。天候が天候なのでその名に反し、飛竜である風吹飛竜はいないだろうが、「雪だるま」こと雪原竜が周囲を埋めている。何頭いるだろうか。四……五……いや、もっとだと判断した瞬間、走りこんできた一頭がライバごと雪濠を踏みつぶした。
ライバ、得意の瞬間移動! ガリア「次元穴瞬通屠殺小刀」は、最大で五百キュルト(約五十メートル)ほどの瞬間移動の力がある。
「カンナさん、エサペカ!」
叫ぶも、雪まみれで何がなんだか分からない。風の音もすごい。
雷鳴まで轟いた。雪雲が、かなり濃く、積乱雲のように迫っている。
……いや、ちがう!
この音は、地上から沸き上がっている!
「カンナ!!」
ガガララア!! ビシュウ! ビシャアア! ゴアア……!!
とてつもない雷鳴が、眼前で逆巻き、耳をつんざく。轟音と衝撃波で雪が吹き上がって、稲光が周囲を圧して竜たちを驚怖させた。
風の音を引き裂いて、ビイィィン……と共鳴音が周囲を舐める。雷光に、腕の長い四つ足で毛むくじゃらの雪原竜が五頭、珍しい二足歩行の翼の無い鳥にも見える凶氷竜も二頭、うかびあがる。そしてそれを率いるバグルスだ。こんな主戦竜の群れは、ライバは見たことも無い。どうしたら良いのか、どう戦ったらよいのかまるで分からない。
だがカンナはちがう。
サラティスで、はるに超える規模の竜の大軍団を退けたカルマはちがう!
「こおおのああああ!」
漆黒の吹雪の中で、カンナが、そしてカンナの瞳が蛍光翡翠に光り輝く。稲妻の電熱で雪が蒸発し、近くの立ち木へ落雷して燃え上がる。竜の鳴き声が、その恐怖を表していた。
雪原竜も凶氷竜も、サラティスの竜とちがって体長はそれほど長くはなく、むしろ背が高い。大きいもので体高は七十キュルト(約七メートル)はある。雪原竜はその強力な前足で、凶氷竜は二足歩行の脚で、人間など一撃で原型をとどめないほどにグシャグシャにつぶしてしまう。まして雪原竜は火を、凶氷竜は毒液を吐く。
吹雪に火炎が吹き上がって、雪を溶かしてカンナを襲った。だがカンナの音響衝撃波がそれを押し退け、バラバラに飛散させる。




