152話 〇がいない始業式3
「母さん、俺は一体何を忘れてしまったんだ?」
母さんに本題を切り出したんだが
「遅い」
母さんから返ってきた言葉はそれだけだった。
「は?」
答えてくれるかどうかは半々だとは思っていたが、まさか遅いだけだとは思わなかった俺は思わずそう返すと
「そこに辿りつくまでどれだけ時間かけるつもり? 京ちゃんのこと本当に好きなの?」
厳しい言葉が返ってきて、それに返す言葉もない俺は
「うっ……」
うめき声で返すと
「はぁ……。ただ、今日中にそれに気づけたことは及第点。間に合わなかったら……」
母さんはため息を1つついた後、そこで言葉を切ってきたから
「間に合わなかったら……?」
同じ言葉で聞き返すと
「……知りたい?」
口角を少し上げて聞いてきたから、俺は勢いよく首を左右に振って否定の意思を示すと
「そう、残念。ただ、何を忘れたかは言えない」
とても残念そうには思えない表情を浮かべながら母さんはそう言ってきたんだ。ここまで意味深なことを言っていて教えてくれないのかよと突っ込もうかと思ったが、その前に
「……言えない?」
母さんは教えないや知らないではなく、言えないと返してきたことが引っ掛かった俺はそこを聞き返すと
「そう、約束」
母さんは約束を守るために言えないと言ってきた。
「つまり、俺が忘れた何かについては心当たりがあるどころか、正解も知っているが、約束を守るために言えないってことか?」
確認をするために言葉にして伝えると、
「大体あってる。ただ正確には違う」
母さんはコクリと頷いてから
「#$%\&#%\」
何かを言ったんだ。だけど、全く何を言ったのかがわからなかった俺は
「何だって?」
もう一度言ってもらおうと思ってそう言ったんだが
「何度言っても同じ。忘れさせられたことについてはどんな方法でも伝えられない」
母さんはそう言って、今度は手元のメモ用紙に書いてくれたんだろうが、母さんの言う通り、何を書いているのかが全くわからなかった。
「約束内のことはどうしてもこうなる。ただ、抜け道もある」
どうにか読めないかとメモ用紙を眺めていると、母さんはそう言ってきて、母さんの方に視線を向けると
「あくまで伝えられないことは忘れてしまったことだけ。それ以外のことは伝えられる」
母さんはそう言ってきたんだ。だけど
「忘れてしまったことが教えてもらえないんじゃ……」
意味がないのじゃないか。そう返そうとしたんだが
「逆については制限はかかっていない。あの子もまだまだ甘い」
母さんは逆ならば問題がないと言ってきたんだ。ただ、それよりも
「あの子?」
急に誰かのことを言い出したので問い返したんだが
「ん、今は関係ない。それよりも今はもっと大切なことがある」
母さんは軽く首を振って伝えるつもりがないと言ってから、
「大事なことは忘れたことより、当たり前だと思ってしまっていること」
母さんは忘れた逆のことが大切だと言っているのだとは思うのだが、意味が分からず何の反応も返せずにいると
「健吾はここ最近知ったはずなのに、まるで昔から知っているかのように認識をしてしまっているものがあるはず。それがわかればすぐ」
母さんは何かないかと聞いてきたんだが、それがすぐにわかれば苦労しない。それでも何か何かと頭を悩ませていると
「本当に何もない? 去年までよりも休みの日に外出することが多かったけど、どこに行ってたの?」
母さんが夏休みにどこに出かけていたのか聞いてきた。そりゃ
「京のところに……」
夏休みの例の事件のせいで京は入院していたしな。可能な限り京の近くにいて何かをしてやりたかった。
「違う。それ以外のとき」
ただ、母さんが指摘してきた通り、毎日は通えなかった。まぁ、そもそも毎日行くこと自体が迷惑な話だしな。だから、丘神と俺で週に2日ずつしか会わなかった。だから
「そりゃ、暇なときは集中するためにもいつもの喫茶店に行って……。行って……?」
喫茶店で夏休みの宿題をこなしていたんだが、少し待ってくれ。
「喫茶店?」
母さんも俺からは出てくるとは思わなかった単語に言葉に首を傾げている。
「なぁ、母さん。俺って去年まで喫茶店なんか行っていたか?」
本当に俺は喫茶店に常連になるまで通うようなことを今までしていたのか?
「行ってない。少なくとも今初めて聞いた」
母さんも俺が喫茶店に行っていたことに心当たりはないみたいだ。ってことは怪しいのは間違いなく喫茶店だが……
「どうして今頃疑問に思ったんだ?」
今までは暇を持て余したらとりあえず時間をつぶすのが当たり前だと思っていたのに、どうして急にそれを疑問に思えたのだろうか。
「おそらくは暗示。ただ、少しでもキッカケがあれば解けるような軽いもの」
なぜなのかを考える前にすぐに母さんが教えてくれたんだが、
「暗示? いや、それこそいつ誰に?」
そんな暗示をかけてくるようなやつに心当たりもないこともあって、半信半疑な返事をすると
「その答えは喫茶店にある。……ただ」
母さんは喫茶店に行けば分かると言う。ならばと腰を浮かしかけたんだが
「今日は無理」
母さんが視線を動かした方を見ると、時計は午後の9時を示していた。今から行ってもあの喫茶店は開いていないだろう。肩透かしを食らってしまった俺は
「はぁ……」
とため息をついて椅子に座りなおしたのであった。




