87話 デート④
「学校……?」
予想外の行き先を言われた俺は思わず聞き返してしまった。恐らくこのとき俺は怪訝な表情を浮かべていたのだろう。
「はい……。えっと、すみません。やっぱり駄目ですよね……」
京に目を伏せながらそう言われてしまい、そこで表情に出てしまっていたことに気付いた俺は慌てて手を左右に振り、
「いやいやいや、駄目ってわけじゃないんだ。ただ理由が知りたかっただけで……」
と言ったんだが、それでもまだ責めているような言葉になってしまっていると言葉にしている途中で気付いた俺は一瞬言葉を止めた後、
「もちろん、どんな理由でも俺は駄目とは言わないから。それに、言いたくなかったら理由も言わなくていい」
京が何か言う前にそう伝えたんだ。すると京はパッと伏せていた顔をあげて、
「嘘じゃない……ですよね……?」
恐る恐る俺にそう尋ねてきたんだ。それに俺はただ頷いて返すと、京はホッと安堵のため息を漏らした後、
「ありがとうございます。実は真琴さんと優花さんから今日は学校で文化祭の練習をしていると聞いていまして。それで、大事をとって練習には参加をしなくていいと言っていただけたのですが、それでもせめて見学だけでもさせていただければなと思いまして……」
どうして学校に行きたいかを話してくれたんだ。理由を教えてもらった俺は京を不安にさせないためにも間を置かずに、
「そういうことだったら遠慮なんかしないで言ってくれればよかったのに。もちろん他の理由だったとしても俺は断らなかったが……」
そう返答した。そして京がまた何か遠慮の言葉を言う前に、
「それじゃあ、腹も落ち着いてきたし、移動しようか。京ちゃんがもう少しゆっくりしてからがいいならそうするが、どうする?」
俺は京に聞いたんだ。言葉を続けるようにしたことが功を奏したのか、
「はぁ……。私ももう大丈夫ですよ。薄々思っていましたが、健吾さんはよくわからないところで強情になりますよね」
軽いため息までもらってしまったが、無事にこのまま学校に行くということを了承してもらえた。だから俺は
「よし、じゃあ行こうか。それと桝岡さん、そうことだから」
カウンターの方へと振り返り、ただそれだけを伝えて喫茶店の外へ出ようとしたのだが、
「健吾さん、お会計をしないと……」
京に引き留められてしまった。
京には伝えていないのだが、桝岡さんの喫茶店で昼食をとるかわりに、昼食代を払わないでいい約束をしてもらっている。ただ、そのことを京に伝えるのは何となくはばかれた俺は
「あぁ、会計については大丈夫だ。桝岡さんに昼食代は後で払うってことで約束しているから。そうだよな、桝岡さん?」
咄嗟に誤魔化しの言葉を口にしてから桝岡さんの方を見た。すると桝岡さんは
「うん。健吾君の言う通り後でもらう手はずになっているから大丈夫だよ。今もらってもいいんだけど、そうすると君も払うって言いだしちゃうでしょ? 折角のデートなんだから男の子に恰好つけさせてあげなきゃ」
貸し1つだからという意味を込めた目線を俺に向けつつ京にそう言ってくれたんだ。桝岡さんに貸しを作るとか後が怖いと思いつつも、俺のごまかしに乗ってくれたことに心の中で感謝していると、
「あっ、そうそう。今丁度占いをしたんだけど、大勢の人が動き回れる外の広場に近づくのは良くないって結果が出たんだ。だから気に留めておいてね」
「大勢の人が動き回れる外の広場……?」
桝岡さんが急に話題を変え、そんなことを言い出したんだ。相変わらずいつ占いをしたのかはわからないが、桝岡さんの占いは大体半々くらいで当たる。だが、今回のように漠然とした占い結果のときはほとんど外れているんだ。だから俺は今回もそうだと思い、
「そんな漠然とした場所指定を気にしていたらどこも行けないじゃないか。まぁ、気が向いたら覚えておくよ」
鼻で笑いながらそう返した。
俺のそんな態度に桝岡さんは、
「もーっ! そうやって占いを馬鹿にしていたら痛い目に合うんだからね! 特に今回の結果には自信がって――っ!!」
案の定文句を言い始めたが、これに付き合っていては色々と遅くなってしまうことを知っている俺は「ごちそうさん」と食事の礼だけ言い、まだ騒いでいる桝岡さんを無視して京を連れて学校へと向かったのであった。
…………
……
「本当に桝岡さんを放っておいてよかったんですか?」
喫茶店を出てから学校に向かっていたのだが、京はしきりに喫茶店の方に視線を送っていた。気にする必要がないと思っている俺はあえてそのことには触れないでいたのだが、もうすぐ学校に着くというころに京がそう問いかけてきたんだ。だから俺は
「あの人はあれくらいで丁度いいんだよ。さっきもあれだけぶつくさ言っているくせに、次会ったときにはケロッとしているんだぜ? 気にするだけ無駄なんだよ。一度愚痴に最後まで付き合ったこともあるが、喫茶店を出たときには日が暮れていたからな……」
当時のことを思い出しながらそう返した。あのときは俺もまだ小学生で門限とかあったときだ。それなのにあの人は延々と俺に愚痴を聞かせ、解放してもらえたときには完全に門限もオーバーしていた。親にも怒られてしまい、涙目になりながらもう桝岡さんの話には付き合わないと決めたんだったな……。当時のことを思い出し、少し遠い目をしていると、
「えっと……、すみません」
京に謝られてしまった。そこで我に返った俺は、
「い、いや。大丈夫だ。まぁ、そういうわけだから京ちゃんも気にしなくて大丈夫なんだ。どうしても気になるなら今度会ったときにでも話しておくが、どうする?」
少し言葉に詰まってしまったが、俺は軽く顔を左右に振った後そう尋ねたんだ。すると、
「はい……。それではお願いします」
これだけ俺が言ってもやはり気になるみたいで、京は足を止めて頭を下げながら俺にそうお願いしてきたんだ。
だけど、京が頭を下げてまでお願いすることではないと思った俺は両手を京の両肩に起き、京の傾けた身体を起こしてから
「あの人のために頭を下げる必要なんてない。俺はまだ桝岡さんが京ちゃんの額を小突いたことは許してはいないしな。そのことも含めて話しておくから任せておいてよ」
出来るだけ笑顔になるように意識しながらそう伝えた。その俺の言い方に京は苦笑しながら、
「お手柔らかにお願いしま……」
俺へ礼を伝えようとしていたのだが、急に体を強張らせて忙しなく視線を俺の顔の周りへと動かしていた。京の態度の変わりように一瞬疑問に思ったのだが、京が身体を強張らせた理由がわかった瞬間、俺も身体を強張らせてしまった。
なぜなら、今俺は両手で京の両肩に手を置いている状態だ。つまり、今俺たちの顔はかなり近くにあるわけで――。
俺は慌てて両手を話し、その勢いのまま真逆の方へ向き、
「す、すまん」
と何とか謝罪の言葉を出した。
京から否定の言葉を言われたらどうしようとほんのついさっきまでとはほぼ真逆の理由で体を強張らせていると、後ろからクスクスという笑い声が聞こえてきたんだ。
何事かと思い、顔だけ京の方へ向けると、
「ただ驚いてしまっただけで、怒っているわけではないですよ? それなのに健吾さんったらまるで怒られるときの小さい子供のようでしたよ?」
笑いをこらえるためだろうが、口を手でおさえている京にそんなことを言われてしまった。小さい子供と言われたことに俺は
「小さい子供……」
思わずそう呟くと、京は
「ごめんなさい。でも……、ふふ……」
さっきの俺の態度を思い出しているのか、また笑いをこぼしていた。
これ以上このことには何も言っても同じだと悟った俺は肩を落としながら
「はぁ……。とりあえず、ここで立ち止まっているのもなんだし、学校に向かうか」
そう提案し、
「そうですね。ふふ……、それでは行きましょうか」
学校に向かったのだが、学校に着くまでの間、京にからかわれ続けたのであった。
今回はワリと難産だったので、読みにくかったらすみませんでした(・ω・`)




