82話 変わる心③
な、なんとか今年中に間に合いました。
年末は何かと気がついたら時間が進んでいますね……。
「私個人としては記憶が戻るまで病院にいてほしいんだけどね」
丘神さんは少し残念そうにしながら俺たちに言ってきたのに俺は
「検査では異常無しって出ているんだから仕方がないですよ」
そう返したんだ。
丘神さんから京のことについて説明を受けてから数日後、身体が健康で、脳にも異常が見当たらないということもあり、京は病院を退院することになったんだ。それで、今は退院前の最後の挨拶として、俺、都さん、京の3人が丘神さんと話しているところなんだ。他のメンバーも退院のときは来たいって言っていたんだが、あまり人数が多いと他の人の迷惑になりかねないということで、丘神さんに断られてしまい、そこで代表として俺が都さんと一緒に京を迎えに来たって感じだ。俺としては全然よかったのだが……、
「そういや丘神さん、本当に丘神く……勇輝君じゃなくてよかったんですか?」
俺は丘神さんにそう問いかけた。俺としては、俺が代表として京を迎えにこれていることに不満があるどころかむしろ大歓迎なのだが、自身の弟を代表と選ばなかったことに理由はあるのかとふと気になったんだ。丘神さんなら自分の弟の気持ちはわかっているだろうしな……。
丘神さんの返事を待っていると、
「うん。健吾君は勇輝が私の身内だからこそ候補から外したと思っているのかな?そういうことではないから、もしそう思っていたのなら心配しなくて大丈夫だよ。勇輝はほら、普段から一歩引いて物事を見ているから、周りから常に冷静だと思われがちだけど、そうじゃないんだ。特に京ちゃんの前だとお世辞にも冷静だとは言えないような態度になっちゃっているからね。下手に刺激してはいけない現状では勇輝よりも健吾君の方が適任だったっていうわけさ。それに京ちゃんも……、いや、これは私の口からいうことではないか」
思ってた以上に、丘神じゃなくて俺を選んだ理由を説明してくれたんだ。最後に言いかけていたことについては、
「京がどうしたんですか?」
「それは教えられないかな。さて、私もずっとここには居られないし、そろそろお別れかな。京ちゃん、お大事にね」
案の定、聞いてみたのだが、教えてもらうことが出来ず、丘神さんは言い切るのと同時に病院の中へと戻っていったのであった。
病院の中に入っていく丘神さんを見送っていると、
「さて、それじゃあ帰りましょうか」
都さんがそう言い、
「はい。健吾さん、もう少しの間、お願いします」
京が俺にそう言って頭を下げてきたんだ。それに対して俺も
「俺が好きでしていることだから気にしなくていいよ。行こうか、都さん、京ちゃん」
2人にそう返した。記憶を失くした京と改めて話したとき、最初は京に俺は『中山さん』と呼ばれたんだ。京から『中山さん』と呼ばれることには中々にクるものがあった俺は何とか呼び方を『健吾さん』まで持っていくことが出来たんだ。本当は呼び捨てにしてほしかったんだが、お母さんの知り合いの人を呼び捨てにすることは出来ないと言われてしまい、今の呼び方で一先ず落ち着いたって感じなんだ。同じ学校に通っているということでっていうことでも交渉したんだが、男の人を急に呼び捨てで呼ぶことは恥ずかしいと言われてしまって、俺は上手く返すことが出来なかった。
まぁ、今の京からも呼び捨てで呼んでもらうということは後々の目標ということで一先ず置いておくとして、今は病院から京の家に向かっている途中なのだが、
「えっと……、私は京矢さんという方と入れ違いでここに来ている……という設定でしたよね?」
京が俺に確認するように尋ねてきた。人格が変わっていたのもあって、もしやとは思ってはいたが、懸念していた通り、今の京は自分が男だったときの記憶も無くなっていたんだ。熱海家で今までずっと女として過ごしてきたという認識になっているらしい。実際、どこか違う場所で生活などはしたことはないはずだからその認識は正しいのだが、入学当初に『京矢』と話して決めた設定と矛盾が出てしまう。そこで、俺は都さんにフォローをしてもらいながら、京はそういう設定で高校に通っているということ、その設定で学校生活を過ごしてほしいということを頼んだんだ。最初は渋られたのだが、都さんの力添えもあって、最後には無事に聞き入れてもらえ、今こうして確認するために俺に尋ねているという感じだ。
「あぁ。京矢は寿司屋の修行のために、京ちゃんの実家である寿司屋へ修行に出たってしたんだが、そこまで覚えているやつなんていないだろうし、そこは気にしなくていい。ただ、君は京矢と恐ろしいまでに顔が似ているんだ。だからもし京矢のことを誰かに聞かれたのならば、そう答えてほしいんだ」
だから俺も、それで大丈夫だという意味を込めて頷いて返し、そう答えると、
「はい、わかりました。でも、やっぱりおかしいですよね?私は物心がついたときからここで住んでいるはずなのに……」
京は唇に指を当てながら少し納得が言っていない声色でそう言ってきた。まぁ、そりゃあ、自分の記憶を否定されたら納得は出来ないよな……。
俺は頭の後ろをガシガシとかきながら、
「それに関しては本当にすまない。ただ、どうしても必要なことなんだ」
京にそう告げたんだ。自分が男だったことを覚えていない今、下手に元々男だったことや、女になった経緯について話しても信じてもらえないだろうし、信じてもらえたとしても、うっかりそのことをほかの人に話してしまうかもしれないからだ。本人のことなのに、言うことが出来ないもどかしさに思い悩んでいると、
「ふふ。別に責めているわけではないから、気にしないでください。ただ、いつか話せると思ったときにでも話してくださいね」
京は軽く微笑みながら俺にそう言ってきたんだ。明らかに気遣われた言葉に俺は
「……すまない」
ともう一度謝り、その後俺たちはそのことに触れないようにしながら他愛もない話をしていたのであった。
…………
……
「健吾君、ここまで付き合ってくれてありがとうね」
「健吾さん、ありがとうございました」
無事に熱海家へとたどり着くと、2人が俺に向かってそう言ってきたんだ。それに俺は
「俺が好きでしたことだから気にしなくていいですよ」
テンプレのような返しになってしまったが、そう返した。実際、気にするどころか、言われなくても止められない限り迎えに行くつもりだったしな。
そんなことを考えていると、
「健吾君、送ってもらっておいて何なんだけど、早く帰った方がいいかもしれないわよ?」
急に都さんが俺にそんなことを言ってきたんだ。都さんの言った意図がわからず、
「えっと……、どういうことですか?」
少し戸惑いながら聞き返すと、
「京の現状を知って暴走している馬鹿が健吾君に絡む可能性があるから、絡まれる前に早く帰った方「京!!帰ってきたか!!」が……。どうやら遅かったみたいね」
都さんがその理由を教えてくれていたんだが、言葉の途中で京の玄関の扉が勢いよく開き、そこから、
「京!もう大丈夫だっ!これからはお兄ちゃんが護ってやるからな!!」
修矢――京の兄さん――が飛び出して来たのであった。
京が退院する前日に、勇輝が兄に退院時の付き添いはぜひにと直談判しに行ったのだが、やる気が空回りしていることが目に見えて明らかだったために、勇輝の希望が叶えられなかったという裏設定があったりなかったり。
恐らく、今年の更新はこの話が最後となります。
読者の皆様、よいお年を。




